翌日からの俺の生活は楽しみで満たされた。
昨日屋上で知り合った、『みょうじなまえ』という女子の存在。
個人の情報を知りたいなら柳…参謀に聞いた方が早くて正確かもしれない。
だが、参謀に聞くということは自分の興味のベクトルの向く先を教えることと同じだ。
他人にこんな楽しそうな事を教えるものか。
彼女の存在に興味をもつ人間は自分ひとりで十分だ。
それからというもの、俺は1人地道に『みょうじなまえ』という女子に関する情報を集めた。
俺が集められた情報の一つ一つは特に目立つでもない、ごく普通のものばかり。
何処にでも居る、一般的な女子生徒と何ら変わりはない。
けれどそれはどれも学校生活でのことばかりだ。
私生活のこととなると、詳しくを知る生徒は居ない。
そこもまた俺の興味を惹く。
「器用なもんじゃのう、みょうじサン?」
誰も居ない被服室に、1人。
彼女は針と糸を片手に、家庭科の課題である手提げの仕上げをしていたらしい。
「何でここに居るの、仁王雅治」
「フルネームで呼ぶとは他人行儀じゃのう。名前で呼んでくれんか」
俺の言葉には答えず、視線を手元に落とす。
どうやら飾りボタンを縫い付けているらしく、作業机の上には種類の違う幾つかのボタンが散らばっている。
「気が散るんだけど。用が無いなら部活行けば?」
テニス部のレギュラーだったでしょう、と。
彼女の口から出た言葉に、少しの驚きを覚える。
俺が驚くのも無理はないと思う。
何しろ彼女はこの間知り合うまで俺の名前を知らなかった人間だ。
その彼女が、俺がテニス部のレギュラーであると言うことを今口にした。
それは、彼女が俺を多少なりと意識しているということに他ならない。
俺の口元が笑みに歪む。
「心配してもらって光栄ナリ」
「誰が心配してるって?」
心配してくれているとは端から思ってなど居ない。
ただの下らないやりとりだ。
けれど、媚びるような態度のないそれが新鮮でならない。
心底迷惑そうにしているのが楽しくて仕方ない。
「気が向いたら練習見に来んしゃい。俺もお前さんを見に行っちゃるきに」
「…何のことを言って、」
視線を上げた彼女の目が驚きに見開かれる。
それが愉快でならなくて、喉の奥でクツクツと笑う。
「最初から知っとうよ、みょうじサン?それとも、『クラウン』て呼んだほうがええんかのう?」
耳元で囁いてやれば、鋭い視線を向けられた。
何故知っていると言わんばかりのその視線に俺はただ小さく笑う。
その反応が彼女にとって仇となる。
俺にとってその反応はただ楽しいだけだ。
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