「昨日はどしたの、いきなりメールなんて寄越して」
手の上で滑らせていたコインが掌に握りこまれた。
次の瞬間にはその掌にあるはずのコインが消えていて、反対の手に握られていた。
よく見る手品だが、その仕掛けが公開されることはない。
「あー、チームメイトにお前さんのことがバレそうになったんじゃ」
彼女と同じように掌にコインを握ってみるが、仕掛けはさっぱりわからない。
袖の内側に隠しポケットでもあるのかと思ったが、彼女が腕まくりをしている今、それは関係ない。
「他の人に内緒にしててくれるなら別に構わないけど」
相変わらずの無表情でちらりとこちらに視線を向ける。
その視線を感じて肩を竦めてみせれば、同じ手品をもう一度繰り返す。
「俺が嫌なんじゃよ。こんな面白いことを他人に教えるのはもったいなか」
「したいようにすればいい」
特に大した会話があるわけでもない。
けれど、落ち着ける空気がここにはある。
それを人に譲ってやるつもりは、全く無い。
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