04
炊飯ジャーの中には既に炊き上がった白米。鍋の中に入っている味噌汁は殆ど出来上がっているし、ポテトサラダは既に器に盛り付けてある。
今は付け合せのキャベツを刻んでいる真っ最中だ。
「うっわ、美味しそー…」
「三門サンは料理出来んのか?」
ダンダンと音をさせて刻んだキャベツをザルへ移し、冷水を張ったボールにさらす。
いつの間に台所へ来たのか、彼女は背後にある椅子に座って感心するように声を上げる。
俺に料理をしろと言うくらいだ、料理が出来ない、もしくは苦手なのだろうと当たりをつけて口にすればえへっと笑う声が聞こえてくる。
「苦手じゃからってやらずに居たら嫁に行くとき困るんじゃなか?」
「今から頑張れば大丈夫だもん…」
一応料理をする気はあるらしい。
ならば俺に任せずに少しは自分で手伝うなりすればいいだろうに。
頑張ればと言いながらも手伝う気配の見られない彼女に少し呆れながら、熱したフライパンにタレに漬け込んでいた豚肉を入れていく。
「見てて思ったけど、ニオーくんて手際良いね。なんで?」
問いかけられて、言ってもいいものか少しばかり悩む。普段であればこんなことを聞かれたところで答える義務はない。自分の家の事なんて、限られた人間にしか話したことが無かった。
けれど、彼女には話してもいいような気がした。何故かは分からないけれど。そこまで気を許したつもりはないが、何故かそう思っている自分がいた。
「母親が居らんでな。前は姉貴が居ったけえ料理は姉貴がしとったんじゃが、独り暮らしするっちゅーて家出て行きよったんじゃ。まあ職場が遠いっちゅーんもあって仕方無かったんじゃけど。それ以来料理は俺の仕事」
一応当番制ではあるが、仕事で帰りが遅い父に部活で帰りが遅くなる弟だ。
自分も部活で帰りは遅くなりがちではある。しかし元々身体が弱く体力があるほうでもないというのに部活で体力を使い果たして帰ってくる弟に家事が出来るわけもない。自分は弟よりかは体力も余裕もある。
そのために仁王家の家事は自分が一手に担っていると言っても過言ではない。
「…お母さんは、どうしたの?」
「産後の肥立ちが悪くて、っちゅーやつじゃよ。弟産んで、そんでそのまま。ちゅーても俺もまだ1歳そこらじゃったけえ、母親んことは全然覚えとらんのじゃ」
今の話は人づてに聞いたんじゃけど。
そう付け足して視線を落とす。小さな頃、何故自分には母親が居ないのかを父親に聞いた事があった。それを聞くたび父親が辛そうな顔をするものだから、どうにも聞き辛くなってしまってそれ以来母親の事を聞くことはなかった。
母親の写真がアルバムに残っているらしいと姉から聞かされたことはあったが、写真を見ているところを父親に見つかったらきっとまた辛そうな顔をするのではないかと思い、写真を見ることすら避けていた。そのため、自分の中に母親という人物像は一切構築されていないのだ。
他人から母親とはどういったものかを聞かされ、それを元に自分なりに母親というものを想像してみたこともあった。
「話を聞くだけだと可哀想とか大変だとか思うんだろうけど、そんなに小さい頃に亡くなったんなら記憶もあんまり無いんでしょ。母親が居なくて当然とか、そういう感じなのかな」
こちらではなく、どこか別の場所を見上げながら、彼女が静かにそう聞いてくる。
冷水にさらしていたキャベツの水気を切る。そのキャベツを皿に盛り付けて、焼き上がった豚肉を皿にのせてしまえば終わりだ。後は切っておいた豆腐を味噌汁に入れて少しばかり温めればいい。
「そうじゃな。小さい頃は何で自分には母親が居らんのか不満じゃったこともあるが、今は母親が居らんのが普通で、別にそのことに対して可哀想とか言われても何とも思わん」
本音だった。自分の境遇を聞かれて答えれば、誰もが皆可哀想やら大変だなどと言ってくる。けれどそれが自分にとっては普通で、逆に母親が居るということがどんなものなのか想像もできないのだ。母親がいたら、と想像してみたことが無いわけではない。だが実際想像したところで自分には違和感があるだけでしかない。
「そっか。それが普通なら、それでいいんだろうね。今のままで十分なんでしょ?」
「まあな」
答えながら盛り付けた白米と味噌汁、しょうが焼きを配膳して椅子に腰掛ける。箸を手に取って彼女に視線を向ければ、彼女はキラキラとした視線を自分が作った食事に向けていた。
「うわー、お母さんいないのにこんな美味しそうなゴハン食べれるとは思わなかった!頂きます!!」
箸を持つなり味噌汁に手を伸ばして一口啜って小さく唸る。ポテトサラダに手を伸ばして一口それを食べ、今度はしょうが焼きに手を伸ばす。
一言も言葉は発していないが顔を見れば分かる。どうやら彼女の口に合ったらしい。それを見てから自分も小さく頂きますと言って、味噌汁に手を伸ばした。
自分が作った料理を口にしても、何故か美味しいと感じることはあまりない。せいぜいこんなものか、と思うくらいだ。家族も特に何を思うでもない表情で食べているものだから、こうも料理に対して反応されるとどうにもむず痒い気がしてならない。けれどそれは、決して不快なものではないのだ。
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