仁王君を探せ!
「…んん…。…もしもー、し」
真夜中に着信音を響かせた携帯電話。
欠伸を噛み殺しながら電話に出れば、鼓膜を揺らす低い笑い声。
「おう、寝ちょったか」
「何、こんな夜中に…。ちょお眠いんですよ、爆睡してたの、起こさないでよ」
眠気のせいでぼやける視界。
目を擦りながら蛍光塗料によって淡く発光する時計の数字を読めば、大体の人は寝静まっているだろう時間帯。
なのにこの男は何故普通に電話なんてしてくるのだろうか。
「ちょっとな、用事があって」
「…用?」
「Trick or Treat」
楽しげな声で言われた言葉に、頭が回転を止める。
「…………は?」
たっぷり間を空けてようやく口からこぼれたのは、それだけだった。
夜中に電話で起こされて頭が回転していないことと、余りに突然だったせいだろう。
「じゃから、『トリック・オア・トリート』?」
「……おやすみなさーい」
何を馬鹿なことを言い出したのか、あの男は。
夜中に電話するだなんて非常識なことをしたかと思えば、Trick or treatとか言い出すし。
付き合っていられないと電話を切ろうとしたのが分かったのだろう。
耳を離したスピーカーから、声があふれる。
「ちょお待ちんしゃい。今日は10月31日じゃ。ハロウィンじゃよ?」
「…だから何。私は仏教徒です。ハロウィンは関係ありません」
「お前さんな…。いつもならイベント事にはのってくるくせして、今回はノリが悪いのう」
確かにイベント事は楽しいから好きだ。
基本的にハロウィンだって、一応毎年楽しんではいる。
だが、こんな非常識なことをしてくる奴と楽しもうとは思わない。
というか、ぶっちゃけイヤな予感しかしてこないのだ。
「どうせ何か企んでるんでしょ。面倒なのはゴメンだし」
「冷たいのう。じゃが、俺は確かに言ったぜよ?『Trick or treat』ってな」
じゃけ、悪戯されても文句は言えんぜよ?と。
笑いを含んだ声で言われてしまえば、あとはもうため息をつくしかない。
どの道仁王に付き合うしかないのだ。
「…はいはい、何、お菓子渡せばいいわけ?」
「いんや、お菓子はいらん。簡単に言えば、鬼ごっこ、じゃよ」
「………は?」
仁王の話はこうだ。
明日…というより、日付はもう変わっているので正しくは今日か。仁王は一日中私から逃げて回るらしい。
私は逃げ回る仁王を探し出して捕まえなければいけないと。
もし仁王を捕まえられたら、そのときは仁王がお菓子をくれるらしい。
でも、もし仁王を捕まえられなかったら。
私は、仁王に悪戯されてしまう。
そういうゲームをしよう、ということらしい。
ゲームの開始は、私が登校したそのときから。
ゲームの終了は、私が仁王を捕まえたとき、もしくは完全下校時刻。
時間はたっぷりある。
余裕で仁王を捕まえられるだろう。
そう思いながら仁王との通話を終えて、ベッドに潜り込む。
そしてそんな私の考えは甘かったのだと、思い知らされることになる。
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