06




ぺたりと頬を机にくっつけたまま、窓の外を見上げる。
今日一日が、あっという間に過ぎていった。
昨日母親と話した会話の内容が、脳内でずっと繰り返されてる。
そのせいで、仁王君が気になって仕方がない。
覚えているのだろうか。忘れてしまっているのだろうか。
いや、私は綺麗に忘れちゃっていたわけだけど。
気にはなるけれど、何となく真っ直ぐ仁王君に視線を向けられなくて。
一人でもんもんとしている間に、授業は終わりを告げていた。
夕焼けに赤く染まった空を見上げて、溜め息。
そのままそっと目を瞑って、記憶を掘り下げていく。
中学生、小学生、幼稚園。遡れば遡るほどに記憶が薄れる。
その中にある、鮮明な記憶。
私に向かって伸ばされた小さな手。
泥で汚れた、子供らしい無邪気な笑顔。
私に向かって笑顔を振りまく、その子の特徴。
口元にあった、ほくろ。
…なんで今までそこスルーしてきたんだろう。
明らかに今の仁王雅治の特徴と合致してるじゃないか。
そこまで考えたところで、ガラリと教室のドアが開く音。
驚いたような、人の気配。
今ここで起き上がるのも何となく気まずいので、狸寝入りを決め込む。
ペタペタ、足音。ガタンという椅子を引く音と、机の中を探るようなガサガサという音。
椅子を直したのだろう、再び椅子が床に擦れた音がして。
ペタリ。足音が、私の座る席の直ぐそばで止まる。
誰。何で、直ぐに帰らないの。
何で、私のところまで来るの。
寝たふりをしているのがバレやしないだろうか。
どくどくと、心臓が煩い。

「……沙紀、ちゃん」

叫びたかった。聞こえてきた、囁くような小さな声。
聞き覚えのあるその声が、誰のものであるかを理解して。
かろうじて寝たふりを続ける私の髪を、指先がするりと撫でたのがわかった。
私の髪を梳く冷たい指先が、私の左耳を掠める。

「、ん」

その冷たさに、思わず声が漏れた。
私の声に驚いたのか、髪を梳く手が一度止まって。
動く気配のない私に安心したかのように溜め息を一度零して。
左耳を覆っていた髪を耳の裏に流す。
ひやりとした、指先が。
少しだけ形の歪んだ耳に、触れる。

「…何で、」

絞り出すような、声。
小さな声は、静かな教室の中に解ける。

「何で、忘れちょるん…」

指先が、するりと耳の輪郭を撫でて離れる。
ペタペタ。足音が、遠のく。
ドアの音がして、足音が聞こえなくなった。
人の気配も一切無くなったのを確認して、起き上がる。

「…っ、な…何…?」

反射的に、露わになった左耳を手で覆う。
何だったのだろう。
何で、彼が。
あんなにも切ないような声で、私を呼ぶのだろうか。

「何なの、仁王雅治…」

ひやりとした指先と、私の名を呼ぶ声を思い出して。
顔がじわりと熱を持つ。
唯一分かったことといえば。
仁王雅治は、幼い頃の私を忘れてはいないということ。





 ***





「また急ねえ」
「自分の家だもん、帰ってきちゃ駄目ってことはないでしょ?」

週末、実家に帰った。
まだ実家を出て1ヶ月くらいしか経っていないのに、何だか凄く懐かしい。
母親が出してくれたお茶を飲みながら、膝の上に乗せたアルバムを捲る。

「それにしてもこの間から随分昔のこと聞いてくるわよね。何かしたの?」
「別に、なーんも」

ぱらり、ぱらり。
ページにあるのは、満面の笑顔でピースをする私の写真。
公園でブランコを漕いでいたり、砂場で遊んでいたり。
アルバムの写真の大半には、当時仲の良かった人の姿。
無邪気な顔で私と遊ぶ、仁王雅治の姿が写っていた。

「あ、ほら。まーくんのほっぺにちゅーしてる」
「え、」

隣に座った母親が指差す先には、確かに。
幼い私が、まーくんの頬にキスしている写真。
ていうかよく撮ったな、こんなの。

「ずーっと仲良しでねえ。まーくんが引っ越すってわかった日にはぎゃーぎゃー泣いて煩かったわ、あんた」
「煩いって、」

えー、と声を上げればだって本当に煩かったのよと一蹴された。

「泣きすぎて目ぇ真っ赤にして、ご飯も食べようとしなかったし。黙ったかと思ったら無言でボロボロ涙零すのよー?」

…どんだけ泣いたの、私。
思い出せずにいると、ぺらぺらと母親が当時を懐かしむように語る。

「ご近所さんがあんたの泣き声聞いて何事かと思って家飛び出してくるんだもの。おかーさんあの時は恥ずかしかったわよー」
「そんなに煩かったんですか」

半ば信じられない思いで呟けば、あんた声昔からデカイでしょ、と言われた。
そうですね、昔から声はデカイですよ。無駄にね。

「あ、そういえば忘れてたけど仁王さんこっちに戻ってきたって。3年前にそんな葉書来てたの、綺麗に忘れてたわー」

あんたが今お世話になってるところのが近いわねー。
そう言って笑う母に、溜め息。
うん、それはもう知ってます。
本当の事を今母親に告げたら、どんな反応をするのだろうか。
多分、目を輝かせてどう?!って詰め寄るに決まってるな。
そう考えて、小さく笑った。





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