05
「ね、すっごい気になることあるんだけどさ。聞いていい?」
昼休みにお弁当を食べていたら、不意に一緒にお弁当を食べていたよっちゃんの言葉。
卵焼きをつまんだ箸が止まる。
「別にいーけど…。何?」
「大したことじゃないんだけどさ。沙紀って左耳隠してるよなーって。右耳は髪邪魔だとピンで留めてたりするけど、左は絶対にしないし。なのに授業中とか左耳触ってたりするから。ピアスでもしてんの?」
よく見てるなあ、と少し感心する。今まで気付かれたことなんてほとんどないのに。
伸ばした髪。別におしゃれのために伸ばしているわけではない。
理由はただ一つ。耳を隠すため。
「んー、ピアスしてるわけじゃないんだけどさ。…見る?」
滅多に出さない左耳。
耳を覆うようにしていた髪を掻き上げて、日の光に晒されたそこ。
「どれどれ?…なに、傷跡?」
身を乗り出して私の耳を見たよっちゃんが、少し驚いたような表情になる。
椅子に座りなおして、どうして?と言いたそうな顔。
「小さい頃にね、川辺の斜面滑り落ちたらしくて。そのとき耳の辺り怪我したんだよね」
その頃の記憶はほとんど残っていない。
これも、親から聞かされたものだ。
右耳に比べて、少し歪んだ形の左耳。
一部だけ色の違う、怪我の痕。
「えー、そこまで痕残ってるってことは結構酷かったんじゃない?」
「怪我して直ぐは血ボタボタだったみたい。でも親が一緒だったわけじゃなくてね。家に帰る頃には血は止まってたけど、左肩の辺りが血で汚れて凄かったって言ってた」
そこまで話して、思い出す。
当時、私としょっちゅう一緒に居た仲の良い友達がいたという話。
聞けばこの耳の怪我をしたときも一緒で、斜面を滑り落ちたときも一緒に落ちたとか言っていたような。
今日家に帰ってから、実家に電話でもして聞いてみようか。
***
『なぁに、急にそんなこと聞いて』
「何となくね、気になっただけー。何て子だっけ?」
夜に、私の部屋として貸してもらったそこで。
ベッドの上に座って、ケータイを耳に当てれば聞こえてくる母親の声。
『昔はあーんなに仲良かったのにねえ。忘れちゃうなんて!結婚するーとか言ってたのにこの子は』
「え、そんなこと言ってたの?」
うん、子供って何にも考えないでそんなこと言うよね。
改めて考えると子供って凄いと思う。
少し好きってだけで誰にでもそんなこと言うんだから。
『小学校に上がるときに引越してっちゃったからねえ。あんたいっつもまーくんまーくん煩かったのに』
「…まー、くん?」
それを聞いて思い出したのは、なぜか仁王雅治の顔。
まさか、ねえ。
でも、そのまさかがありえそうで怖い。
仁王雅治を見たときだけ思い出す、幼い頃の光景。
『そ。まーくん。かーわいいの。今どーしてんのかしらねえ。かっこよくなってそうよねー。名前なんだったっけ…。あ、そうそう思い出したわ』
次の瞬間、母親から告げられた名前に驚いて声も出なかった。
『仁王!仁王雅治くんよ。何処か南の方に越してったって聞いたけど』
まさかが、ありえるだなんて。
ぐるぐる、脳裏をあの顔が埋め尽くす。
『沙紀ー?ちょっと、人の話聞いてんのあんた。聞いてきたのそっちでしょうが』
「…うわー…」
マジですか。
明日から、どうしたもんでしょうか。
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