04




気まずい。すごーーーく、気まずい。
ちらりと隣に座るクラスメイトに視線を向ければ、顔が若干引きつっている。
その向かいに座っているクラスメイトも同様。
この気まずい空気の原因は。

「あのー…仁王、君?」
「…なん」

恐る恐る声を掛けてみると、ちらりとこちらに視線を向けて短く返される。
しかも、声も視線も非常に冷たい。

「具合悪い、とかじゃ…?」
「ない。俺に声かけんじゃなか」

ばっさりと切り捨てられて、溜め息。
何で彼…仁王雅治は私を嫌っているのだろうか。
同じクラスになってからというもの、まともに話したことはない。
話す前に、睨まれて終わりだ。
それでも授業でこの班割りにされてしまっては話をせざるを得ない。
班ごとに出された課題を調べてレポートを書いて提出しなければいけないのだ。
このままでは役割分担すらままならない。

「こら、仁王。何をそんなにピリピリしてるのかは知らないけど、班の皆が困ってるだろ」
「…ピヨ」

見かねた幸村君が、わざわざこっちまで声をかけに来てくれた。
班違うのに。優しい。
仁王君はどうやら幸村君には逆らえないようで、不満そうにしながらもぱらりと資料を捲る。

「ごめんね、永塚さん」
「ありがと、幸村君」

本気で困ってたから、正直かなり有り難い。
しぶしぶながら参加する姿勢を見せた仁王君にほっとする。
入学式から一ヶ月。
クラスメイトとは大体話もするし、名前も少し覚えてきた。
それなのに、仁王君とは一切関わっていない。
私が何かをしたわけでもない。
なのに、何故。
仁王君を見れば、なぜか昔のことを思い出すのも相変わらずではあるけれど。
依然それは原因不明のまま。

「んじゃ役割分担な。メンドいから適当に。あ、拒否権なしな」

グループリーダーを言い渡されたクラスメイトが、ぐるりと机を合わせたメンバーの顔を見て。
んー、と少し唸った後に言ったのは、とんでもない組み合わせ。

「新浜と長沼、ネット検索な。俺と林で実地でのデータ収集、仁王と永塚で図書館の本から情報探し。以上!」

思わず凍り付いた。
え、こいつさっきの空気に気付いてないとか言わないよね?
それは仁王君も同じらしい。ちらりと視界の端で確認したら、信じられないとでも言いたげな表情だった。

「ちょ、」
「拒否権なーしーな?」

抗議しようとしたら、にーっこりとした笑顔で言われた。
有無を言わさぬ、とはこういうことか。
同じ班のよっちゃんに視線で助けを求めたけれど、肩をすくめて首を横に振る。
え、見捨てられた気分…。
ガタガタ。椅子がなって、同じグループの他の人たちは次々立ち上がる。
よっちゃんもペンケースとノートを手に立ち上がって、教室を出て行こうとしてた。

「……」
「………」

残ったのは、私と仁王君だけ。
会話は一切ない。気まずい沈黙に、わけもなく焦る。
がた。
音が鳴ったのに気付いて視線を上げれば、仁王君がペンケースとノートを手に立ち上がるところだった。

「…行くぜよ」

ちらりとこちらに視線を向けて、私を促す。
相変わらず素っ気なくはあるけれど、声を掛けられて。
私もペンケースとノートを手に立ち上がる。
まだ授業中の校内は静かで、仁王君の踵を潰して履いた内靴のペタペタという音がやけに耳につく。
渡り廊下を歩いて別棟の図書館の中に入れば、そこには数人のクラスメイト。
静かな空間に、相談しあうヒソヒソとした声とノートにペンを走らせる音。
空いた机に乱暴にノートとペンケースを放った仁王君が、本棚の間に体を滑り込ませる。
私もその机にノートとペンケースを置いて、本棚の間を歩く。
本棚にならぶ背表紙から、授業で出された課題と関連のありそうなタイトルのものを一冊抜き取ってパラパラ捲る。
いくつかの本をそうして本棚から抜き取って机に向かえば、そこには既に椅子に座った仁王君の姿。
本に視線を落としてページを捲るその姿は凄く絵になる。
私に対する態度は最悪だけど、綺麗な姿形をしているからふとした瞬間に視線を奪われる。
それが何だか悔しくて、少し乱暴に机に本を置いてから椅子に座る。
ノートのページを捲って、真っ白なそこに小さな丸を一つ書き込む。
本を一冊引っ張って、ページ一杯に連なる文字を目で追う。
必要そうなところを箇条書きに書き出していると、正面から感じた視線。
それを不思議に思って顔を上げれば、本から顔を上げた仁王君が真っ直ぐこちらを見ていた。

「…なに、」

小さな声で聞けば、数秒の沈黙。
それからふいと視線をそらされて。

「、何でもなか」

それだけ。
再び本へと視線を落とした仁王君に首を傾げて、作業を再開させる。
それにしても、珍しい。
先ほど私に向けていた、仁王君の視線。
いつもなら必ず私を否定するような、何かを咎めるような視線を向けてくるのに。
さっき私に向けていた視線は、何の感情もない。
透明な、それだった。





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