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翌朝、10時半。私の手には、勉強道具一式が入ったカバンが一つ。
ずっしりと重いそれを抱えて、駅前の時計を見上げる。
「……遅い」
「そりゃスマン」
後ろから急にかけられた声に、肩がビクリと揺れた。
そろりと振り向いて後ろを確認すれば、私服姿の仁王君。
「び、っくりした!」
「そこまで驚くとは思わんかったぜよ」
クツクツと可笑しそうに笑う仁王君の肩から下がるバッグ。
多分、私と同じように勉強道具でも入っているのだろう。
一頻り笑ってから、ひょいと私の手を攫っていく。
「さーて、まずは…あそこのファミレスでええか」
私に聞くでもなく言うと、すたすたと歩き出す。
当然手を繋がれている私も引っ張られるように歩いて、駅近くのファミレスの中へ。
まだ昼前の時間だから、店内にあまり人はいない。
案内された場所に座って、手渡されたメニューを開く。
まずはドリンクバーだけでいいだろう。
「決まったか?」
「うん、ドリンクバー」
私の返事を聞いて、仁王君がテーブルに備え付けてあるボタンを押すと、ぽーんという音。
ゴソゴソと私が勉強道具を取り出している間に、仁王君は店員さんに注文を済ませていたらしい。
私が顔を上げた頃には、店員さんは一礼して去っていくところだった。
「おー、準備万端じゃのう」
「そりゃ勉強しに来たわけだし。雅治は出さないの?」
勉強道具を取り出す素振りを見せない仁王君に、首を傾げる。
仁王君は頬杖をついて、私を見てにっこり笑うだけ。
うーん、私の顔を見ても何も面白くはないと思うのだけれど。
「まあ時間はたっぷりあるけぇ、そんなに急がんでもよか」
「そりゃそーだけどさ」
言われてみればそうなのだけれど。
それでもテストはすぐ目の前。不安要素は出来るだけなくしておきたいというのが本音だ。
特に数学は前回の点数が点数なだけに今回のテストで挽回しておきたいところ。
とりあえずテキストとノートを広げて、ペンケースからシャープペンと消しゴムを出したところで立ち上がる。
「あ、沙紀。コーヒー頼むぜよ」
「えー、自分で行けばいいでしょ」
むっとして口を尖らせれば、小さく笑う。
ついでじゃろ、と言われてしまえば反論は出来ない。
仕方ないと溜め息をついてドリンクバーのコーナーへ。
ちらりと仁王君を盗み見れば、人のテキストをパラパラ捲っているところだった。
***
小さなトレーに自分の分であるハーブティーと、仁王君ご注文のコーヒーを乗せて席まで運ぶ。
席に戻れば、仁王君はまだ私の数学のテキストを手にして何かをしているところだった。
その利き手である左手には、赤いペン。
「…人のテキストに何やってんの?」
「んー、ちょっとな。大したことじゃないけぇ、気にするんじゃなか」
言って、くるりと赤ペンを指先で回す。
「数学は後回しにして、他の教科でもしとりんしゃい」
「変なことしてるんだったら後で怒るよ?」
念のために釘を刺しておいて、別の教科のテキストを手にする。
パラパラと捲ってテスト範囲のページを広げてから、トレーに乗ったままのティーカップに手をつけた。
ちらりと仁王君を窺えば、テキストに視線を落として時折ペンを走らせながら鼻歌なんて歌っている。
店内に流れる音楽と他の客の話し声にかき消されそうなほど小さなその歌に耳を傾けながら、ノートにペンを走らせた。
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