03
「沙紀ー、部活見学いこー」
放課後、よっちゃんに誘われて目をぱちくり。
「へ?部活見学?」
「そ、部活見学」
言って、私の手をとって立ち上がらせる。
私は首を傾げるだけ。
「部活見学って、よっちゃん新聞部で決まりなんでしょ?必要ないんじゃ、」
「だから、沙紀のために部活見学がてら校内の案内してあげるってこと!教室の位置も覚えてないし、各部活の活動場所とかもわかんないでしょ?」
言われて初めて納得。
よっちゃん達持ち上がり組は中学高校が同じ敷地内にあるから場所なんかはもう把握できているのだろう。
「それじゃお言葉に甘えて案内してもらおーかな」
「ついでだから男子テニス部も見てこ。かーっこいいわよー」
男子テニス部に特に興味はないけれど。
まあ、別に見たっていいかな。
それ位の気持ちで、よっちゃんの後ろをついて歩く。
「そーいえば気になったんだけどさ。沙紀って仁王くんと知り合い?」
「へ?」
予想もしていなかった質問に、足が止まった。
よっちゃんはくるりと私の方を振り向いて。
「だって沙紀、仁王君の名前聞いたことあるっていうし。沙紀が自己紹介してたら、仁王君かなり動揺してたじゃないの」
動揺してた?誰が?仁王雅治が?
知り合い?私と?まさか。
「や、聞いたことあるっていっても気のせいかもしれないし。仁王、だっけ?あの人も寝ぼけてたって言ってたじゃないの」
「沙紀のはどうだか知らないけどさ。仁王君は本当に動揺してたね。だって起きてたよ?自己紹介のとき」
よっちゃんはそういうけれど。
私は、本当に何も覚えていない。
会った覚えもない。そもそもあんな目立つ銀髪、一度見たら忘れるわけがない。
それでも気になるのは、あの仁王雅治を見るとフラッシュバックする幼い頃の光景。
何故、彼を見たときだけ思い出すのだろう。
幼い頃の自分を。無邪気な、あの笑顔を。
***
ぐるりと校舎内を見て回って、最後に行ったのはテニスコート。
ボールを打つ音が響くそこには、真剣な顔をしてボールを追う部員の姿。
「やーっぱここ来ると写真撮りたくなるのよねー」
隣でそう言ったよっちゃんの首からは、一眼レフのカメラ。
え、ついさっきまでそんなん持って無かったよね?
どこから出てきたんだろう。
「…ていうか、派手だねテニス部って…」
仁王雅治の銀髪、赤い髪、肌の黒いスキンヘッド。
うん、目立つ。
「幸村君と、あと帽子被ってる人、ノート持ってる人がいるでしょ?あの三人が特に強くてね。三強、なんて言われてる」
しかも異名までついてるんだよ!とケラケラ笑う。
幸村君は顔分かるけど。帽子被ってる人って…あれ顧問の先生とかじゃないの?
ノート持ってる人は目ぇ見えてんでしょうか。
「異名はね、去年中学でレギュラーだったメンバー全員についてんの。幸村君が一番すごいわよ。なんてったって『神の子』!」
「…は?」
え、なんだそれ。神の子って。
「強すぎるが故につけられたんだって。何でも対戦相手の五感を奪うとか何とか」
奪う?え、五感を?
そんなんどうやって奪うの?
多分私の頭上にはクエスチョンマークが乱舞してることだろう。
だって、普通テニスとかそういう競技でそんなこと起こらないだろう。
「想像できないでしょ?でも、実際奪ってしまうほどの強さなんだって。だから、『神の子』幸村精市なんて呼ばれてる」
「それでも去年の全国決勝、俺は負けたけどね」
よっちゃんの解説に割り込んできた声。
驚いて声のしたほうを向けば、話題の中心人物。
「ねー。そこまで強い幸村君に勝ったっていうのがどんなツワモノかと思えば二つ年下の当時中学一年生だもんねえ」
「はいはい、もう言わなくていいよ新浜。言っただろ?今年は全国制覇してやるって」
凄く打ち解けた感じに話してらっしゃる。
そんな二人から視線を逸らしてテニスコートの中へと向ける。
どうやらちょうど休憩時間に入ったらしく、コートから出て行く部員がドリンクを取りに向かってる。
その中にぽつんと一人。
テニスコートの真ん中に立って、こちらを見てくる人を見つけた。
日の光に輝く銀色の髪。
「…っ、」
まるで刺すような鋭い視線で私を睨みつける。
その視線の強さに恐怖を覚えながらも、視線を逸らせない自分がいる。
「永塚さん?どうかしたの?」
どうやら、私はいつの間にか呼吸することを忘れていたらしい。
幸村君に声を掛けられたことで、全身の緊張が解ける。
「沙紀、顔色悪いよ?」
「ヘー、キ」
深い呼吸を繰り返しながら、再びコートに目を向ければ。
そこには誰も居なくて、あの銀色すら見つけられなかった。
…私の、見間違いだろうか。
違う。見間違いじゃない。
脳裏に焼き付いて離れない。
あの、冷たくて。まるで貫くような鋭さを持った、あの視線。
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