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まだ人の気配がまばらな校内。
朝の涼しい空気の中、打球の音が響く場所。

「朝から頑張るなあ」

珍しくも早く学校に来ていた私は、たまにはいいかとテニスコート近くに足を運んでいた。
テニスコートでは黄色いボールが飛ぶや跳ねる。
一番端のコートでは、一年生が先輩にボール出しをしてもらったそれを順番にコートに叩き込んでいた。
コート全体を見やれば、見慣れた姿もちらほら動き回っている。

「あれ。おはよう、永塚さん」

もう既に耳に馴染んでしまった穏やかな声。
少しだけ驚いて声のした方向に顔を向ければ、タオルを片手に立つクラスメイトの姿。

「おはよう、幸村君。頑張ってるねえ」

私の言葉に幸村君はうんと頷く。
穏やかな表情をしてはいるけれど、その目に揺らぐものを見つけた。
強い光。静かな炎を宿したような目をしていた。

「今年は、今年こそは全国制覇を成し遂げたいんだ」

だから、頑張ってる。
静かなのに、強い言葉。

「…永塚さんは、今日は珍しいんだね。こんな時間に、しかもテニスコートに来るだなんて」
「あ、うん。早起きしちゃった上に仕度も早く終わっちゃって暇だったから」

普段ならこんなにも早く来ることはない。
いつも叔母さんの朝食の準備に合わせて動いているから。
でも、今日はそれがない。だからこそこんなに早く学校に来ているのだ。

「そうなんだ?でも、たまにはいいでしょ。早く来るのも」

先ほどまでの強い光なんて微塵も感じさせない笑顔で言う幸村君。
彼の言葉に、そうだねと頷く。
早起きは三文の徳だとはよく言ったものだ。
こうして普段見れないものが見れたから、早起きをして良かったと思う。
ぐるりと視線を巡らせれば、目につく色。

「……あ、」

遠めに見ても直ぐ分かる。朝の光に煌く銀色。
コートの上で尻尾のような髪が揺れる、跳ねる。
ストップしたラリーに、ジャージの肩の辺りで汗を拭うその人の視線がこちらを向いた。

「永塚さん」

すぐ傍で声がして、右手を絡め取られる。
自分の右手に視線を落として、絡む手を辿る。

「どうせ見るなら、こっちにおいでよ」

ぐいぐいと私の手を引っ張って幸村君が歩き出す。
私の手を握る力の強さに思わず顔を顰めてしまうけれど、幸村君は私に背を向けているから気付かない。
どうかしたのだろうか。
幸村君の後姿から、何だかピリピリとした空気を感じて身を竦める。

「…ここなら、結構良く見えるだろ?」

ぴたりと足を止めたのは、テニスコートの直ぐそば。
全体を見渡せるような場所で、近くに大きな木もあるから日差しの強いときでも日射病にはならなそうだ。
振り向いた幸村君は、いつもの穏やかな笑顔。
さっき私が感じたあのピリピリした空気は、気のせいだろうか。

「うん、ありがとう。暫くここで見させてもらうね」

笑って言えば、私の手を掴んでいた幸村君のそれがするりと離れる。
満足そうに笑って、一歩。

「ゆっくり見ていってね」

伸びた手が、私の髪をするりと撫でていく。
その手つきと笑顔に、思わず顔が赤くなる。
こんな顔で頭撫でられては、誰だって赤面するだろう。
じゃあ、と言って去っていった幸村君の背中を見送ってから溜め息。
たまに心臓に悪いことをする人だ。





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