27




放課後いつもより少し遅めに部室に向かったら、部室に居たのは幸村一人。
他のメンバーの姿が見えないのは、すでにコートに行ってアップを始めているからだろう。
幸村はグリップテープを巻きなおしながら、遅かったねと声を掛けてくる。

「天気ええから、ちょっとぶらっとしちょったら女子に捉まってしもうて」

同じ学年らしいその子は、顔を真っ赤にして告白をしてきた。
その告白を、丁寧に断っていたらこの時間だ。

「ああ、そうだったの。……仁王、ちょっと聞きたいんだけど」

ネクタイを解いて、シャツのボタンに手をかける。
着替えながら話を聞こうと、ちらりと幸村に視線を向ければ。
グリップテープを巻きなおしていた手は膝の上で緩く組んでいて。
先ほどまでその手にあったはずのラケットは、ベンチの上。
幸村の視線は真っ直ぐ俺に向けられていて、何かをしながら聞くような話ではないことを悟る。

「なん」
「面倒だから、単刀直入に聞くよ?」

ボタンを外そうとしていた手を下ろして、体ごと幸村のほうを向く。
先を促せば、いつものにこやかな顔はどこへやら。
射るような視線で、俺を見る。

「永塚さんのこと、どう思ってる?」

一瞬、動けなくなる。
予想はしていた、いつかは聞かれるだろうと。
幸村が、あいつのことをどう思っているかはなんとなくわかっていたから。

「聞いたよ、幼馴染だって。でも仁王。お前は永塚さんをただの幼馴染として見てる?」
「…さーあて、どうかのう」

口元を歪めるように笑って、ロッカーに背中を預けた。
真っ直ぐ向けられる視線から目を逸らす。

「それは、はぐらかしてる?それとも、わからないのかな」

話をはぐらかす・誤魔化すのは得意だったはずだけれど。
相手が幸村となると話は別だ。
はぐらかすのも、誤魔化すのも通用しない。
そして幸村はそれをよしとはしない。
しかも真面目な話となれば、尚更だろう。

「好きにとればよか」
「…そう」

投げやりな返事をすれば、数秒の沈黙の後に頷いた。
俺に向けていた視線を一回床に落として、再び俺を見上げる。

「一応言っておくけど、俺は永塚さんが好きだよ。一人の女性として、ね」
告げられた言葉。幸村の気持ち。
俺にそれを言って、幸村はどうするつもりなのだろうか。
単なる宣言。いや違う。幸村がそんな事をするとは思えない。
むしろするとなれば、

「…宣戦布告、ってやつかのう?」
「お前の気持ちが、俺が彼女に向けるものと同じであればそうだろうけどね」

表情こそ穏やかな笑顔ではあるけれど、向けてくる視線は鋭い。
牽制のつもりだろうか。

「仁王が永塚さんを思う気持ちがただの幼馴染としてのものなら、協力してくれれば嬉しいし。そうでないなら、邪魔だけはしないでもらいたいからね」

俺の反応を見もしないで、傍らに置いたままだったラケットを手に取り立ち上がる。
以前と変わらずに肩にかけたジャージが揺れる。
部室のドアを開いて出て行く間際、ちらりと視線を俺に向けて笑う。

「それより、もう部活始まるまで1分くらいしかないよ?そんなにのんびりしてたら、部長に走らされるよ?」

クスクス笑いながら部室のドアを閉めた幸村の言葉に、慌てて部室の壁にかかる時計を見上げる。
長針が指し示す時間は、部活開始時刻の1分前。

「話に付き合わせたんはどいつじゃ」

溜め息一つ。もうどうやったって部活開始には間に合わないのだから、無駄に急ぐこともないだろう。
ボタンを外しながら、今日溜め息をついた数をぼんやり思い出す。
溜め息の数だけ幸せを逃しているというなら、今日だけでどれだけの幸せが俺から逃げていったことだろう。
着替えを終えて、背中を丸めながらテニスコートに向かえばテニス部員は既にアップをほとんど終えていて。
部長に見つかった俺は、グラウンド20周を言い渡された。
俺から逃げてった幸せは、今何処にあるのだろうか。
グラウンドを走りながら、ぼんやりとそんな事を考えた。





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