23
「相変わらずじゃのう」
「…そうかな?」
夕食を作って、食べ終わって。
後片付けも全て済ませてから、どうしようかと聞けばアルバムが見たいという仁王君。
アルバムはそれなりに冊数もあるから、持ってくるのが大変だから部屋に連れて来て最初の言葉がそれだった。
穏やかな表情をして、私の部屋をきょろきょろと見回す。
「おー。この熊、覚えちょるよ」
仁王君が指差したのは、ローチェストの上に二つ並んだ大きな熊のぬいぐるみ。
昔から私はこのぬいぐるみが大好きで、必ずどちらかは傍に置いていた。
「名前つけとったヤツじゃろ」
「茶色いのが『くーちゃん』で、白いのが『まーちゃん』」
二つを繋げれば、『くま』。安易なネーミングだ。
けれど、私はその名前で呼ぶ二つのぬいぐるみがとても大切だった。
今でもそれは変わらない。だから、ここに置いてある。
「そんな名前じゃったか」
うんと頷いて、本棚の一番下の段からアルバムを抜き取る。
白と赤の、二冊のアルバム。
他にもアルバムはあるけれど、仁王君との写真は大体この二冊に閉じてある。
振り向いて仁王君に手渡そうとしたら、仁王君はクッションの上に座ってぬいぐるみを抱きしめていた。
茶色いくまの、『くーちゃん』を。
「アルバム、それ?」
思いも寄らぬ光景に動きを止めていたら、ぬいぐるみの頭に顎を埋めていた仁王君が私を仰ぐ。
手にしていたアルバム二冊をローテーブルに置いて、私もクッションの上に座る。
ぬいぐるみを抱きしめていた片手を伸ばして、テーブルの上のアルバムを引き寄せてそのまま表紙を捲る。
仁王君の顎は、あいかわらずぬいぐるみの頭に埋められている。
白い指先が、アルバムのページを捲っていく。
「はは、懐かしいのう」
アルバムの中には、幼い頃の私と仁王君の写真ばかりだった。
家の庭先でビニールプールに二人で入っていたり、二人並んで昼寝をしていたり。
怪我をして泣いている私の頭を撫でている仁王君だったり。
「子供って無邪気だよねえ」
満面の笑顔で抱きしめあってる写真を眺めて、呟く。
子供は自分の気持ちに正直だ。
だから、思ったことは全て口にする。
今となっては、そんなことは出来はしない。
「のう、永塚」
アルバムを捲る仁王君の手が止まる。
顔を上げれば仁王君の視線とぶつかる。
「沙紀って呼んでよか?」
じっと見つめられて。
そう言われてしまっては、拒否のしようがない。
そもそも拒否するつもりはないのだけれど。
「…駄目か?」
何故か嬉しくて何も言えずにいたら、仁王君が眉根を下げる。
その顔に、慌てて首を横に振った。
「ごめ、そんなことない!嬉しい」
嬉しくないはずがない。
慌てて声に出したら、仁王君が嬉しそうに笑う。
仁王君が笑ってくれたことが嬉しくて。
私も、知らない間に笑っていた。
「昔みたいに仲良くできないかな、ってずっと思ってたから」
「じゃあ、沙紀も俺ん事名前で呼んで」
仁王君の提案に、言葉が詰まった。
名前で呼んで欲しいと言われるのは嬉しい。
けれど、素直に名前で呼べるだろうか。
何だか恥ずかしくて、直ぐには名前では呼べ無そうだ。
人前では、特に。
「…う、」
「さっきの、嘘なん?」
悲しそうな声音。
また、仁王君の眉根が下がる。
「違う、嘘じゃ、ないよ。ただ、何となく…恥ずかしくて」
「じゃあ呼んで」
呼んでと催促する声に、口をもごもご。
期待するように見つめられて、顔がジワジワと熱を持つ。
若干頭が混乱しているような気もしなくもない。
仁王君の名前って何だっけ雅治でいいんだよね、などと口には出さず確認。
「ま、」
口が最初の音を紡ぐだけで、仁王君が少し嬉しそうにする。
やっぱり、何だか恥ずかしくて。次の音が出てこなくなる。
俯いて顔を隠せば、溜め息が聞こえた。
前髪の隙間から窺えば、不満そうにぬいぐるみをぎゅうぎゅう抱きしめる。
アルバムに視線を落としてぱらりぱらりとページを捲るのを見て、深呼吸。
吸って、吐いて。また吸って。
「…雅治、」
やっと呼べた名前に、ほっと息をつく。
私の正面に座る仁王君は、驚いたように眼を見開いて私を見ていた。
その頬が、じわじわ赤みを帯びていく。
「……やっと呼んでくれたのう」
へにゃりと笑った顔を見て、仁王君に対して初めて可愛いなんて思ってしまった。
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