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「今日どうする?私の家、寄っていく?」

私の家から程近いところにある公園のベンチに座って聞く。
多分お母さん喜ぶよ、と。
そう言ったら、暫く迷った後に返ってきた答え。

「…今日は、やめとくナリ」

そう言って、ぐるりと公園を見回す。

「なっつかしいのー、この公園」
「遊具の色を塗り替えたくらいで、あとは何一つ変わってないでしょ」

ブランコ、鉄棒、滑り台、砂場、ジャングルジム、タイヤ。
公園の端の方に、私達の座るベンチ。そのすぐ傍に水道。
この公園は、全然変わらない。

「本当、変わっちょらん…」

公園をぼんやりと見る仁王君の顔に、表情は無くて。
ただ透明な視線を投げている。

「っわ、」

風がごうごうと唸る。
そのあまりの強さに、髪が巻き上げられて視界を遮る。
手で髪を押さえつけて隣に座る仁王君に視線を向ければ、仁王君もこちらに視線を向けていた。

「雲行きも怪しいし、今日はもう帰るか」
「ん」

頷いて、立ち上がろうとした時に。
バタバタっという音がした。
え、と小さく声を上げた次の瞬間。
叩きつけるような強さで急に降り出す雨。

「え。ちょ、雨?!」
「これまた急に降り出したのう」

強い雨足に、あっという間に地面が雨に濡れて色を変える。
雨をしのげるところを探すけれど、広いこの公園には東屋はない。
住宅街の真ん中にあるために、雨を凌ぐとしたらどこかの家に入るほかない。
このままでは二人ともずぶ濡れだ。

「仁王君、行こ!」

仁王君の腕を取って走る。
普段ならカバンに入れてあるはずの折りたたみ傘を持ってこなかったのが痛い。
とはいえ折りたたみ傘を持っていようと、この風にこの雨では意味は無かったかもしれないが。
公園を出る間際、頭にばさりと何かが掛けられて視界を遮る。

「、え?」
「被っちょれ」

頭に掛けられたのは、仁王君が羽織っていたはずの薄手のジャケット。
驚いて仁王君のほうを見れば、彼は薄いTシャツ一枚。
激しい雨に打たれて、既にシャツは全体の色が濃くなっていた。

「でも、」
「何か言うよりまず足動かしんしゃい!」

ばしゃばしゃ、あっという間にできた水溜りの上を走る。
仁王君の腕を取ったまま走ること数分。
私は一軒の家の前に立って、息を整えていた。
当然、私の隣には仁王君。
まだ息が切れているけれど、このままずっと外にいては風邪をひく。
すでに私も仁王君も、全身雨に濡れてしまっていた。

「ただいまー。おかーさーん!」

玄関に入って、家にいるであろう母を大声で呼ぶ。
こんなずぶ濡れなまま家に入ったら母に大目玉を食らうに決まっているのだ。
私は仁王君の腕を掴んだまま。
けれど仁王君は遠慮しているのか、玄関には入ってこようとしない。

「あら沙紀?やーだ、あなた今日帰ってくるだなんて一言も言ってなかったじゃない!ご飯準備してないわよ〜?」
「それよりタオル頂戴!雨に降られちゃってずぶ濡れ、風邪ひいちゃう!私の分と、あともう一人分!」

あろう事か、やっと出てきた母は私の格好を見て心配するでもなく夕飯のことを持ち出した。
夕飯とか今はどうでもいいから、早くタオル持って来て欲しい。
そんでお風呂沸かしてもらいたい。寒い!

「傘くらい持ち歩きなさいよ、全くもう。お友達も一緒?遠慮しないで中に入りなさいな」

母の言葉に後ろを振り向いて、掴んだ腕を引っ張れば。
髪からぽたりと雫を落としながら、仁王君が一歩玄関に入る。

「………やだ、沙紀。彼氏が出来たなら早くそう言いなさいよ!なに、えええええ、沙紀には勿体無い…!」

歳柄もなく頬を染めて驚いている。
うん、仁王君カッコイイもんね、顔が赤くなるのもわかる。
わかるけど。
それよりまずタオル下さいよ。

「お母さん、この人彼氏じゃないからね。勘違いしないでね」
「仁王雅治です。お久しぶりです、オバサン」

私の言葉の後に、仁王君が続けて自己紹介。
プラス、綺麗な笑顔。
母はしばらくぽかんとした顔をして。

「えええええ?!」

大声をあげた。

「それより早くタオル頂戴ってば!」
「あらー、あらあら…」

予想もしていなかった人物の登場に、よっぽど驚いたらしい。
あらあらという言葉をひたすら繰り返して、タオルを取りに家の奥に入っていく。

「…オバサン、相変わらず面白い人やのう」
「遠慮しないで変ってハッキリ言っていーよ」

溜め息まじりに言えば、仁王君が困ったような顔で笑う。
濡れて顔に貼り付いた髪を手で掻き上げるその動きをぼんやりと目で追っていたら、心臓がどくんと強く脈打つ。
水も滴るいい男、とはまさにこの事ではなかろうか。
思わず顔が赤くなる。

「はいはいお待たせ。お風呂も沸かしてるから入っちゃいなさい」

母から受け取ったバスタオルで体の水分を拭き取りながら家に上がる。
雨の中走ったから、靴の中までぐしょぐしょだ。

「仁王君も遠慮しないで上がってちょうだい」

にこりと笑って催促する母に、頭からタオルを被った仁王君がぺこりと頭を下げて。

「お邪魔、します」

そう言って、ぺたりと廊下に足をつく。
母は背伸びをして仁王君の頭に手を伸ばして、タオルで髪の水分を拭い取りながら笑う。

「まずお帰りなさい、が正しいわね。いらっしゃい、雅治君」





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