01




記憶の片隅にあるものは、小さな手。
そして、無邪気な笑顔だった。




 ***




真新しい制服を着て、鏡に映った姿をチェックする。
何だか落ち着かない。
中学生から高校生になったということを抜きにしても、だ。
時計の時間を確認して、カバンに手をかけたところでちょうど階下から私を呼ぶ声。
それに返事をして階段を下りれば、笑顔の女性。

「あら似合う。どう?立海の制服を着てみて」
「何だか落ち着きませんね。制服もですけど、他にも色々」

少し笑いながら、正直に言う。
そう落ち着けるわけがない。
ここは、私の家ではないのだから。

「そう?何か必要なものとかあったら遠慮なく言って頂戴ね」
「大体揃ってるのでないかとは思いますけど、もしあったら宜しくお願いします」

にっこり笑う。
目の前でにこやかに微笑む彼女は、私の母親ではない。
私の叔母にあたる人だ。
私はこの春から立海大付属高校に通うことになったのだけれど、何しろ実家から通ったのでは遠いのだ。
そこで叔母であるこの女性の家に居候させてもらうことになったというだけ。
この家には他に叔母の夫である叔父と、息子が二人。
といっても一人は一人暮らしをしていて会うことはない。
もう一人は年下の中学2年生。可愛いのだけれど、やっぱりお年頃なだけあって素っ気ない。

「そろそろ時間ねえ。道は大丈夫?」
「あ、はい。昨日のうちに一回通ってみたので大丈夫です」

カバンを持って、玄関へ。
見送ってくれる叔母に行って来ますの言葉を言って、背を向ける。
学校へ向かう途中見上げた空は綺麗に晴れていたけれど、私の胸中は期待と不安で渦巻いていた。




 ***





無事学校へ着いて、昇降口の脇を見やる。
そこにある掲示板には、人だかり。大方クラス割の確認だろう。
私は入学式前のオリエンテーリングでどのクラスになるかは知っているけれど、一応見ておこうと掲示板のそばに向かう。
人だかりを掻い潜って掲示板の傍まで行って見上げたそこに、自分の名前。
クラスは、A。その下の名前に、私の知ったものは皆無。まあ当然といえば当然だけれど。
特に一緒になって騒ぐ相手が居るわけでもない私は、直ぐに昇降口で靴を履き替えて教室に向かう。
…思うんだけど、なんで一年の教室が一番上の階にあるのだろうか。
がらりと音を立ててドアを開いて入った教室の中には、既に数人の生徒の姿。
掲示板のところでも思ったけど、立海って校則緩いんだろうか。
ありえない髪の色をした人がいるんですけど。
だって、何。髪が白い…っていうよりも、あれはシルバーだろうか。そんな色。
それを視界の端に捉えながら、黒板に張り出された席順を確認。
最初は出席番号順か、なんて思って自分の座るべき席を見れば。
その銀色の髪の人が机の端に座っている。

「……」

とりあえず無言で席に近付いてみる。けれど、それで気付いてもらえるわけも無かった。
少しわざとらしくカバンを机の端に載せれば、やっと気付いたらしい。

「あー、スマンの」

言って、ひょいと腰を上げた。
その彼と話をしていたのだろう、傍にきちんと座っていた人が彼を見上げて。

「こら、仁王。ちゃんと自分の席に座らないと駄目だろ?」
「じゃってあそこ日ぃ当たるきに、座るん嫌じゃ」

ぶーたれながらも、自分の席であろう場所に向かう。
不思議なイントネーションに言葉遣い。方言、だろうか。

「ごめんね」

銀髪の彼を叱る様に声を掛けていた人が、私を見上げて一言。
少し眉尻をさげて、小さく笑う。

「あ、ううん。ありがとう」

それにしても、随分と綺麗な人だ。
一瞬女の人かと思ったけれど、着ている制服は男子のもの。
うん、負けてる。悲しいけど。
なんとなくそんな気分になりながら席に着けば、次々教室へ入ってくるクラスメイト。
皆が皆、驚いたようにわあわあ言ってるのは何でだろう。




 ***




入学式を終えて一息。保護者席には、しっかり親が来ていた。
メイクばっちりで、一番前の席をキープして。
その手にはデジカメ。…お願いだから、自分の好みの男子とかは撮らないでと言いたかった。
何だかやたらとシャッターを切っていたようだから。しかも、そのレンズはほとんどが私ではない何処かを向いていた。
自分の親ながら、ミーハーで少し恥ずかしい。
教室に戻って、担任がプリントを配布しているのをぼんやりと眺める。

「ねえ、永塚さん…だっけ?」
「え?あ、うん」

後ろに座っていた子が、指先で私の肩を叩いて呼ぶ。
振り向けば、にっこりと微笑んで身を乗り出して。

「永塚さんて、外部生?」

聞かれて一つ頷く。

「やっぱり?あ、あたし新浜頼子。よろしくー」

満面の笑みが可愛い。
体を捻って、彼女が伸ばす手を握る。

「こちらこそよろしく。色々わかんないことあるから、教えてくれると嬉しいな」
「まっかせて!これでも一応新聞部ですから。本当に色々教えてあげるね」

新聞部。なら本当に色々知ってそうだなー、なんて思いながらプリントを回す。
担任が明日からの説明をしているのを聞きながらも、こそこそと話す。

「永塚さんてどこの中学?」
「霞ヶ丘〜。公立に比べるとやっぱデカいね、立海って」

敷地面積が広い。え、私が通ってた中学二つは軽く入るよね。下手すりゃ三つ?
迷子になりそうなほどだ。早く覚えられるといいけど。
自慢じゃないけど、私は結構方向音痴だし。一体今まで何回迷子になったことか。

「霞ヶ丘かあ。あそこ、美術部すごいよね?」
「あれ、知ってるの?すごいって言うか偶然人材に恵まれてたんじゃないかと思うけど」

たまたま二人、美的センスに優れた人が入学したというだけだと思う。
霞ヶ丘で美術展で入選とかしたのは主にその二人だし。

「立海は色々強いんだよね。詳しく知らないけどさ」
「そ!運動部は大体が全国常連だけど、男子テニス部はダントツ強いわよ〜」

そこまで話をしたところで、担任からの解散の言葉。
ガタガタと席を立つクラスメイトたちを座ったまま見送る。
そのまま暫く座っていたら、先程と同じように肩をトントンと叩かれて。
振り向けば、笑顔。

「じゃね、永塚さん。あたし今から色々行かなきゃいけないところとかあるし」
「あ、うん。ばいばい、新浜さん」

笑って手を振れば、微妙な顔をして。

「ヨリかよっちゃんでいーよ。皆あたしのこと大体そう呼ぶから。じゃ!」

言うだけ言って、パタパタと教室を出て行く。
その背中を見送って、私も立つ。
母はどうせ構内の色んなところを写真に収めているだろう。
だからきっと私のことを待っているとか、そんなことはないだろうと考えてのんびりと廊下を歩く。
階段の近くまで行くと、別の方向から来た人が先に階段を下りる。
銀色で長い襟足を結んだ尻尾のような髪。
クラスメイトの、あの訛りのある話し方をする人だ。

「っ?」

彼の背中を見て、フラッシュバックする記憶に階段を下りる足を止めた。
ずっと忘れてた。幼い頃の記憶。
何で急にそんな幼い頃の光景を思い出したのだろう。





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