18




ぽつりと落ちてきた雨雫に、ああ、と嘆いたのは私だけではないだろう。
ポツポツと窓を叩いて、次第に強くなるそれはあっという間に世界を濃い色に塗り替えた。
半分ほど開いた窓を慌てて閉めれば、吹き込んだ雨で床が濡れていた。
今日最後の授業が終わりを告げて、教室からクラスメイトが消えていく。
よっちゃんは用事があるからと、授業が終わって直ぐに帰っていった。
どんよりとした空を見上げたところで、雨が止むわけもない。
あきらめてカバンを手にしようとして気付く。
前の席の荷物が、そのままだということに。
首を傾げて隣の席の荷物を確認すれば、そこには何も無くて。
そういえば今日は部活は休みだとか言っていたような気もする。
立ち上がってカバンを手にした瞬間。
勢いよく開いた教室のドアの音に驚いて、手にしたカバンが床に落ちた。

「永塚、まだ居ったんか」
「仁王、君」

午後から姿の見えなかった、仁王君の姿。
ちょっと驚いたように私に声を掛けて、自分の荷物を取るためにつかつかと机に歩み寄る。

「降ってきたのう」
「うん。仁王君、傘持ってきた?」

今朝の天気予報の降水確率は50パーセント。
傘を持ってくるかこないか、微妙なところだ。
クラスメイトは雨が降ってきたのに気付くなり傘を持ってきたかどうかを口々に言っていたのを思い出す。

「降らん思うちょったんじゃがのう」
「じゃあ、帰りどうするの?」

降らないと思っていたということは、傘を持ってきていないのだろう。
傘が無くても帰れるような小雨なら問題はないだろうが、生憎の土砂降りだ。
こんな酷い雨の中傘も差さずに帰ったら、風邪をひくに違いない。
見上げれば、特に困った表情もしていないくせに困ったのう、などと言っている。

「永塚は傘、持っちょるんじゃろ?」
「…まあ、一応」

置き傘ではあるけれど、ビニール傘が一本。
盗られないよう、白い柄にはしっかりと目印をつけてある。

「じゃあ、入れてくれん?」

珍しくにこりと笑って提案する仁王君に、私はぽかんとした顔をするだけだった。




 ***




「…せっま、」

ぼそりと斜め上から聞こえてきた低い声。
否定はしない。確かに狭い。
だが、彼に文句を言われる筋合いはない。

「文句言うなら雨に濡れますか、仁王君」
「それは流石に遠慮したいのう。じゃが事実狭かろう?」

ビニール傘を二人で使っているのだから、狭いに違いはない。
私も、気を利かせて傘を持ってくれている仁王君も、肩が濡れてしまっている。
必要以上に濡れたくはない。ただそれだけの理由で、私と仁王君の距離は大分近い。
雨の匂いに紛れて、ふわりと違う香り。仁王君の香水だろうか。
普段はあまり気付くことのないそれがわかるほどの距離。
何となく見上げていたら、私の視線に気付いた仁王君がその琥珀色の目を私に向ける。

「…どうかしたん?」

ううん。小さく返事をすると、そーか、とだけ。
再び琥珀色が正面に向けられる。
普段忘れてしまっていたけれど、改めて気付く。
仁王君は、世間一般的に美形と称される人なのだと。
整った顔立ち、顎のほくろ。
細身ではあるけれど、弱々しいなんてことは一つもない。
傘の柄を持つ手は白く、骨ばっている。
一つ一つのパーツですら綺麗だ。
昔から整った顔立ちではあったけれど、成長した今はそれが際立つ。
それを思うと、何だか遠い存在のようだ。
寂しい。心の中に沈んでいく気持ち。
今までそんなことは思わなかったのに、何故いきなりそんな風に思ったのだろうか。
仁王君が遠いのは、寂しい。
そんな風に思ってしまうのは、幼い頃の仁王君を知っているからだろうか。

「のう、永塚」

呼ばれて、慌てて顔を上げる。
ぴたりと止まる足。向けられた、淡い色。

「、なに?」
「連れてってくれんか」

ぽつりと、言葉が零れる。
頭が言葉を理解するには、単語が足り無すぎた。
仁王君の言葉を待つ。

「俺が昔住んどったとこに」





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