07




仁王雅治。
立海大附属中3年、テニス部所属。
銀髪で、ひょろりとした姿。
整った顔立ちで、口元にはホクロ。
私が知りえる、彼に関する情報の全て。

「…年下なのにあの落ち着きようってどーよ」

パカとケータイを開いて、今日新しく登録されたアドレスを開く。
名前に登録した顔文字が笑いを誘う。
よくこんな似ている顔文字を作れたな、と変に感心してしまう。
それにしても。
何故彼は今日私を遊びに誘ったのだろうか。
いくらなんでも急すぎるし、不自然な気もする。
楽しかったのは事実だけれど、そこが胸に引っかかってならない。
ベッドに仰向けに寝転がってケータイをジッと見ていたら、暗くなった画面に光が点る。
そして同時に鳴り響く音楽。

「もしもし」
『こんばんは。仁王じゃけど』

耳に当てたケータイから聞こえてくる声。
不思議な感覚に陥る。
電波を使っての会話は、近いようで酷く遠い。

「こんばんは。今日は遊び連れて行ってもらってありがと」
『俺が誘ったんじゃ。お礼言うのは俺の方ナリ』

それでも、今日を楽しく過ごせたことにお礼は言いたい。
普段ならきっとそのまま家に帰って、いつものように何事も無く過ぎていくだけ。

『ボーリング、結構疲れちょったみたいじゃけど』
「あ、うん。もう既に筋肉痛みたい。腕痛いよ」

言いながら、腕をブンブンと振ってみる。
振ったところで痛みは無いが、捻ってみると鈍い違和感のような痛み。
じわりじわりとしたそれは、昔に何度もなったことがある。

『はは、あれくらいで筋肉痛なん?ひ弱やの』
「だーかーらー、男女の体力の差を考えてって。私普通だよ?」

電話の向こうで、小さく笑う声。

『そうじゃの、悪い悪い』
「別にいーけどさー」

私のその言葉を境に、ふつりと会話が途切れた。
沈黙に、何か言葉を見つけることが出来なくなった。
もそりと起き上がって膝を抱える。

『今日垂水サンを誘ったんは、ワケがあるんじゃ』

静かな声が、聞こえた。

『知り合ったばっかなのに遊びに誘うなんておかしいと思わんかったか?』
「急な展開についていけなかったけどね。理由があるなら、それでいいんじゃない?」

理由はどうであれ、楽しかったのだ。
なら、それで良いのだろう。
自分にもそう言い聞かせて無理矢理納得させる。

『理由、聞かんの?』
「聞いたからといって、何か変わるわけでもなさそうだし」

それで気まずい思いをするくらいなら、聞かないほうがいいに決まっている。
会ったばかり、知り合ったばかりの私が仁王君の理由を聞いてどうするというのだ。
どうしようもない。なら、知らなくていい。聞かなくて、いい。

『そ、か』
「ん。あ、そーいえばちょっと聞いてい?」

唐突な私の言葉に、仁王君が電話の向こうでなん?と不思議そうな声を上げた。

「仁王君てテニス部なんでしょ?レギュラーとかって聞いたんだけど、本当?」
『ああ、まーな。レギュラーじゃよ』

どうやら友達の言っていたことは本当だったらしい。
信用してないわけじゃないんだけど。

「え、じゃあ強いんだね!ねえ、試合とかあったら見てみたい。見に行ってもい?」
『ダメ』

間髪入れずに言われた。
えー、と思わず声が漏れる。

「何でー?」
『絶対やだ。チームメイトにバレるとめんどい』

ならバレなければいい。
仁王君に黙って、こっそりと見に行こうか。

『…俺に内緒で見に来るんじゃなかよ』
「え、仁王君エスパー?」

思っていたことを言い当てられて、ビックリする。
溜め息が聞こえた。

『やっぱり。因みに俺、垂水サン来たら見つける自信あるぜよ』
「何で?」

仁王君の自信たっぷりの言葉。
私だって仁王君を見つけられる。彼は目立つ銀髪だし難しいことではない。
それに対し、私はごく普通の容姿だ。高くもなく低くもない身長に、少しだけ茶色い肩の辺りまで伸ばした髪。
人ごみに紛れれば、見つけるのはきっと難しいだろう。その私を見つけられるという。

『さあ、何でかのう』
「じゃあ、今度一回試してみよう」

小さく笑ってそう言えば、いいぜよという承諾の言葉。

『明日。駅前2時』
「へ?」

突然の言葉に、思わず首を傾げた。
電話から聞こえる仁王君の声が柔らかい。

『待っちょって。見つけちゃる』
「え、え?明日、って仁王君部活は?」

明日は休み。
けれど、きっと部活はあるのだろう。
私の心配をよそに、仁王君はなんでもないように答えた。

『明日の練習は午前中だけじゃ、安心しんしゃい。映画でも見に行こ』

思わぬ誘いに、承諾の返事をする。
どうせ明日は暇をしていたのだ、ちょうどいい。
明日が楽しみで思わず緩む頬を押さえていたら、耳元で聞こえた穏やかな声。

『じゃあ、明日。おやすみ』




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