03




彼は仁王雅治と名乗った。そして、立海大附属中の3年なのだとも。
背負った大きなラケットバッグから察するに、彼はテニス部なのだろう。
これは、まだ確認していないけれど。

「制服見て中学生なんだとわかってはいたけど…やっぱりビックリだよねえ」
「そーゆー垂水サンは高校生には見えないのう」

コトと音を立ててコーヒーをテーブルの上に置く仕草を見てもやはり中学生には見えない。
私なんかより、よほど大人びている気がしてならない。

「どうせ童顔ですよ!」
「怒るとますます幼く見えるぜよ」

クツクツと笑って、再びコーヒーを一口。
よくもまあそんな苦いものを砂糖も入れずに飲めるものだ。
私なんて砂糖とミルク両方を入れなければ飲めないというのに。

「その童顔でようナンパされたもんじゃな」
「うっさい」

私だってナンパされたのなんてあの時が初めてだ。
だからこそどうしていいか分からず、視線で誰かに助けを求めていた。
それに気付いてくれたのかは分からないが、けれど仁王君は助けてくれた。

「ま、今後ないじゃろうけど気をつけることじゃのう」
「気をつけてたって声掛けられたらそこまででしょ」

彼氏でも居ればまた別なのかもしれないけれど。
でも生憎私には彼氏なんてものは居ない。
まあ、欲しいと思ってはいるのだけれど。

「そらそうやの。ま、早く彼氏でも見つけることじゃな」

私が思っていたことと同じようなことを言って、席を立つ。
低くごちそーさん、と言って。
それを見上げて、私も荷物を片手に立ち上がって伝票に手を伸ばす。

「あ、れ?仁王君?」

伝票があるはずのそこには何も無くて。
慌てて仁王君を見れば、指先に挟まれた伝票がピラリと揺れていた。
後を追って伝票を奪おうと試みても、仁王君はこちらを見る気配すら見せずに器用に私の手をかわす。

「ちょ、っと!奢るって言ったでしょー?!」
「女に奢らせる酷い男とは見られとうはないからのう。ま、時間潰すのに付き合ってもらったっちゅーことでお相子じゃ」

チラリと笑って見せて、そのままレジで会計を済ませてしまう。
その慣れた仕草に、女慣れしてそうだなーと思ったけれど口にすることはしない。
思うだけに留めておく。仮にも恩人なワケだし。

「…なんか、ゴメン。お礼のつもりだったのに」
「気にすんじゃなか」

店を出れば、ひらりと手を振ってじゃあの、なんて言って去っていく。
その背を見送って、ふと時計に視線を落とす。
もうすぐ夜だ。空はまだ明るさを残していたけれど、太陽は既に沈もうとしていた。




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