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「仁王君、もうそろそろ試合が始まりますが…迎えに行かなくてもいいのですか?」
試合をするコートの傍に生える木に凭れ掛かっていると、隣に立つ柳生が眼鏡を押し上げながらそんなことを言う。
ちらりと視線をそちらに向けて、またぼんやりとコートを眺める。
「仁王君、聞いているのですか」
「心配せんでも大丈夫じゃって」
言って、立ち上がる。そろそろ集合が掛けられる時間だ。
コートに並んで立って、対戦校と挨拶。
挨拶を終えれば、暫くは自分の出番は回ってこないだろう。
踵を返して、足を止める。
「柳生、来たぜよ」
「はい?」
特に探す仕草もしないで言った俺に疑問を持ったのか、怪訝な顔。
探すまでもなく俺は彼女を見つけられるだけのこと。
「なんじゃ、柳生は薫サンの友達狙っとうと?」
「は、なっ…何を言っているんですか!慎みたまえ!」
慌てているあたり、図星らしい。
クツクツと喉で笑いながらコートを出る。
「それにしても、本当に分かりませんね。なぜ分かるのです?」
「…柳生に特別に教えちゃろうか」
柳生を呼び寄せて、大きくない声で種明かし。
それに柳生は納得したのか、ああ、なんて声を上げていた。
小さく笑って視線を巡らせてある一点を見つめれば、あちらも気付いたらしい。
ひらりと手を振ってやれば、にっこりと笑ってこちらに向かってくる。
「ごめん、遅くなっちゃった。試合今からでしょ?」
「もう終わったぜよ」
「ウソッ?!」
ビックリするその薫サンの反応が楽しくて笑えば、隣の柳生が呆れたようにため息をついていた。
「垂水さん、ご安心ください。仁王君の嘘ですよ。試合は今からです」
「び、びっくりしたー。ちょっと、まさー?」
膨れ面をしてベシンと腕を叩かれる。
それが可愛くて、腕の中に閉じ込めたら暴れられた。
柳生は呆れたように二度目のため息。幸せ逃げるぜよ。
言ったら、誰のせいですかだと。
「そいえば、さっき柳生君となんか話してなかった?」
「んー?ああ、まーな」
俺からすれば、たいしたことではないのだけれど。
それでも薫サンは前から不思議がってたし、柳生もそれは同じだった。
「仁王くんが垂水さんを探す様子もなく来たと言っていたもので。それが不思議でなぜかと聞いていたんですよ」
「あ、それ私も知らない。ねー、何で?」
腕の中におさまったまま、きょとんとした顔で見上げて聞くから額にちゅーをしてやる。
それを見た柳生が顔を赤くして騒いでるけど、無視。
薫サンは驚いたように目をぱちくりさせて頬赤くさせてて可愛い。
「薫サンの声、俺に繋がっとるからのう」
「え?」
俺の言葉がいまいち理解できていないらしい。
首を傾げて、不思議そうな顔。
「じゃけ、薫サンが呼んでくれたら俺はすぐ駆け付けられるっちゅーこと」
「…ふふ、あっは!まさが何かカッコいいこと言ってる!正義の味方だー」
くすくす笑うもんだから、薫サンの頭に顎を乗せてぐりぐりしてやる。
イタイイタイと騒ぐけど、笑った罰だ。
「しかも正義の味方じゃのーて、薫サンだけの味方じゃし」
正義なんて、どうでもいい。
今腕の中にいる存在があれば、他はどうでも構わない。
そんなことを考えてしまう俺はどうにも重症らしい。
「じゃあ私はまさの味方かな」
「頼りなかー」
言って、二人で笑う。
最初から、そうだった。
薫サンの声は、どんな人ごみにあっても必ず聞き取れていた。
それから暫くして、思うようになった。
彼女の声は、俺に直接繋がっているんじゃないかって。
そう思っても可笑しくないほどに、微かな声ですら聞き逃さなかった。
それが何でか、考えても答えは出てこないけど。
今となっては薫サンと繋がっているなら、それでいい。
そして幸せに、二人で顔を綻ばせられるなら。
君の声
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