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「手、出して」

案内された保健室に、保健医は居なかった。
丸椅子に座るとその向かいに仁王君が座って、消毒液と綿とピンセットを取り出す。
くる途中にあった水道で傷は洗ってあるから傷口は綺麗だ。
ブシブシと消毒液を吹き掛けて、余分な消毒液をピンセットで摘んだ綿でふき取る。
まだ血は止まっていないのか、消毒液に血の赤が混ざって綿を赤く染めた。
大き目の絆創膏を取り出した仁王君がその包みを剥がして、私の手の傷に貼り付けた。

「…すまんかった」
「え、」

手の中のごみをぐしゃりと握りつぶして、仁王君がぽつりと呟く。

「八つ当たりじゃ、昨日のは」
「ん。私も…昨日のは、はっきり断っておくべきだったと思うから。何言われても、言い返せないし」

昨日一日佐藤君に付き合ったところで、何も変わりはしない。
それどころか、佐藤君がただ辛いだけだと思う。
その気がないなら、軽々しく付き合うべきではなかった。

「薫サンの友達から昨日連絡来て、慌てた。んで、二人の姿見たらいらいらして。…本当は、昨日のうちに電話するつもりじゃったんよ。けど出来んで…、今日こそは思うてケータイずっと持っとった。したら丸井に見透かされて、言われて、…気付いた」

仁王君の視線が、まっすぐに私に向けられる。
逸らせないような、強い視線。

「薫サンの事、好いとう。嘘でも冗談でもなか。本気で、好いとうよ」

まっすぐな視線と共に言われて、目も逸らせない。
そんな私は驚いて、でも嬉しくて。
手で顔を覆うことで、仁王君の真っ直ぐな視線から逃れる。

「じゃけ、さっきは本当に…心臓止まるかと思ったぜよ」

それから、ため息。

「薫サンはどう思っとうと?俺ん事、嫌い?」

仁王君の問いかけに、首を横に振った。
嫌いだなんて、そんなわけがない。

「なあ、嫌いじゃないなら、はっきり聞かせてくれんか。俺ん事どう思っちょるんか」

その言葉に、そろりと手を下ろす。
これは、きちんと仁王君の目を見て言わなければいけないことだから。
顔を隠したままでは、いけない。

「年下は、嫌なん?」
「…私もね、昨日からずっとケータイ持ってた。連絡がこないか、連絡しようか、って。ケータイ見ながら、考えてた。雅治君のこと。好きなのかどうか。よっちゃんにね、余計なこと考えないで単純に考えろって言われたよ。やっぱり、雅治君年下だから。引っかかってたの。でも、よっちゃんの言うとおり、単純に考えたらすぐに分かった。私もね、雅治君が好きだよ」

言い終えてすぐに俯きたい衝動に駆られる。
けれど、そうはしない。仁王君に、真っ直ぐに視線を向ける。
仁王君は数秒の無言のあとに、表情を柔らかく緩めた。

「…はは、嬉しいのう。薫サン可愛い」
「は、恥ずかしいからごめん…そーゆーのは後で言って」

多分、今の私の顔は真っ赤だろう。耳まで赤いという自覚はある。
首から上が暑くて仕方ない。
顔を背けて、顔の熱を下げようとぱたぱたと手で扇ぐ。
キィという小さな音が聞こえて、私に影が覆いかぶさった。

「薫サン可愛すぎ。襲いたくなるのう」
「だっ…駄目!」

抱きしめられて耳元でそう言われてしまえば、もう体温は急上昇。
せっかく顔の熱を冷ましていたというのに、これで意味はなくなってしまった。

「ジョーダンじゃ」
クスクス笑って少し距離をとると、にっこり笑って顔を寄せる。
とっさのことに目を閉じれば、頬に触れた熱。
恥ずかしさを感じながらも、それでもそれを上回る幸福感に浸る。
助言をしてくれたよっちゃんに感謝しなければいけないな、などと考えて。
今度、新しく開店したカフェで何か奢ってあげるとしよう。




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