05




マズった。机の中をごそごそと漁っても、鞄の中を探しても、ロッカーを探しても、目的の物は見当たらない。
数学の時間に教科書忘れるとか、ありえん。
しかも厄介なことに、数学の授業で忘れ物をすれば頭を教科書の角でゴツ、だ。
俺としてはそれは避けたい。というか、んなことされてたまるか。
柳生に借りようかと思ったが、確かAは移動教室。
勝手に持って行ったら後でネチネチ言われること間違いなし。
溜め息をついて教室の時計を見上げたら、ジャッカルのクラスまで行けるような時間ではない。
最後の頼みはCの幸村か。
ヘタすれば幸村に笑顔で嫌味言われるかもしれんが、背に腹は変えられない。
廊下に出て、すぐ隣の教室のドアに手を突いて中を覗き込む。

「幸村居るか?」

ぐるりと教室を見回せば、窓側の前から3番目に見慣れた姿。
驚いたことに、その前に座る女子が後ろを振り向いて幸村と話をしている。

「幸村ー。ちょおええか?」
「あれ、仁王。どうかした?」

幸村の席まで近寄れば流石に気付いたらしく、微かに首を傾げる。
まあ俺が幸村に会いに来るのも珍しいから無理はないが。

「におう、くん?」
「?ん?」

聞いたことのある声に、今度はこちらが首を傾げる。
誰かと思えば、幸村と話をしていた前の席の女子。
大方テニス部に媚を売るヤツだろうと思うと、眉間に皺が寄るのも仕方ないと思う。

「こら仁王、そんなに睨まないでよ。初対面じゃないんだろう?」
「は?幸村、何言うちょる…」

と、そこまで言って気付いた。
トレードマークのあれがないから、気付けなかっただけか。
言われてみれば、確かに彼女とは初対面ではない。
寧ろ今最も興味を惹く存在だ。

「榎本じゃったか。気付かんかったぜよ」
「まさか睨まれるとは思っても見ませんでした。んで、幸村君に用事でしょ?」

言われて思い出した。
俺がここに来た目的は教科書借りるためであって、話をするためではなかった。

「あー…。別に幸村でなくてもええんじゃが。数学の教科書、持っちょらんか?」
「何、忘れたの?」

幸村がフフッと笑う。この笑みは、何か考えてるな。

「残念ながら、俺は持ってないな」
「マジか」

頼みの綱が。
はあ、と溜め息をついて視線を足元に落とす。
仕方ない、覚悟するか。
そんなことを考えていたら、何かで腕をベシンと叩かれた。

「って!痛かろうが、何すんじゃ」
「あ、じゃあこれいらないんだ?」

結構痛かった。
ギッと視線を榎本に向ければ、悪戯な笑みの横には数学の教科書。

「っあー、いる」
「ハイどうぞ」

手渡された教科書を受け取ると、ニタリとした笑みを向けられた。
え、何だこの笑顔。

「うふー、今日は使わないけど明日の朝一数学だから今日中に返してね」
「…お、おぉ」

何だ、今の『うふー』て。
ちょっと気になりつつももう時間がヤバいので自分の教室に戻る。
そんな俺の背中を見送った榎本がヒソヒソと幸村と話していたことなど、俺が知るわけもなく。




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