07
げほっ。何かが絡んだような、随分と酷い咳。マスクの中で小さく声を出してみればそれはガラガラの声で、まるで自分の声ではないようだ。薬の副作用か、はたまたマスクをしているせいか。いまいち頭がはっきりせずにぼんやりとした霧にでも覆われているような感じだ。色気も何も無いチャコールグレーの手袋をしたままの手で教室のドアに手をかける。ガラガラ。何かが転がるような音と共に開いた教室の中、真っ直ぐ自分の席に向かう。教科書の類を机にいれることもしないで、重たいままのカバンをそのまま机の脇にかけてうつ伏せた。学校に来るだけで体力使い果たした感じ。病み上がりとはいえ、体力無さすぎるのだろうか。
「…谷口、さん?」
呼ばれたのに気付いて、ゆっくり顔をそちらに向ける。ぼんやりした視界に映る、人形のように整った姿のクラスメイト。声を出すのが億劫で、ひらりと手を上げるだけに止める。
「もう風邪大丈夫なの?」
その問いにもそりと起き上がって、手招き。不思議そうな顔をしながら近寄ってくるクラスメイトの耳元に口を寄せて、一言。
「昨日は、ありがと」
ガラガラ声で聞き取りにくかっただろうけれど、私の言ったことがわかっただろうか。すいと離れて幸村君の顔をみれば、酷く驚いた表情。そんなに驚くようなことだっただろうか。確かに今までの態度が態度だっただけに驚いても無理はないかもしれないけれど。自分の変化に気付いてくれたのは、少なからず嬉しかったことだし。
「…どういたしまして」
ゆるりと微笑んだ幸村君の顔を見て、今度はこちらが驚く番だった。白い肌をほんのりピンクに染めて、それは綺麗に微笑むものだから。ミーハーでもない私ですら、見て顔を赤らめるほど。うん、今日マスクしてきて良かったかもしれない。顔の半分以上が隠れているから、顔が赤くなっているだなんて分からないに違いない。
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