02
「あれ、幸村ー。お前今日日直じゃなかったっけ?」
放課後。SHRが終わって部活に向かおうと廊下を歩いていたところに、クラスメイトから掛けられた声。その言葉に首を傾げて昨日の日直は誰だったかを思い出す。日直は大体二人一組、列の前から後ろへといった順番で進む。記憶では、確かに昨日の日直は前の席に座っている二人がやっていた。ならば確かに今日の日直は自分だ。そういえば、教室を出る前にちらりと見た谷口さんは、机の上に日誌らしい黒いファイルを出していたではないか。
「教えてくれてありがとう」
声をかけてくれたクラスメイトにそれだけ言って、Uターンして廊下を急ぎ足で進む。がらりと教室のドアを開ければ、中にはひとり机に座って何かを書き込んでいる谷口さんの姿。
「幸村くん、部活あるんでしょ。行っていーよ」
俺の姿を見るでもなく言われた言葉は無視して教室の中に足を進める。白い線の残る黒板の前に立って、手に持った黒板消しを滑らせた。
「…じゃあ、黒板だけ消してくれればいーよ。あとやっておくから」
「言ってくれれば良かったのに」
ぱらぱらと落ちてきたチョークの粉を払い落として、谷口さんの前の席に座る。日誌の中には、癖のある、それでも読みやすい字が並んでいる。日付、日直の氏名、今日の時間割とその内容、連絡事項の欄はすべて埋められていた。残るはページの一番下、本日の反省と感想などという欄だ。そこには何度か書いては消したような跡。どうやら何を書けばいいかで悩んでいるらしい。
「貸して」
谷口さんの手からシャープペンと日誌を奪い取って、最後の欄を埋める。ペンを谷口さんに返して、日誌は自分で持ったままパタリと閉じる。
「日誌は俺が出しておくよ」
「部活遅れるよ」
カシャンと谷口さんの手元で音がした直後、俺の持つ日誌に手が伸びた。その手が日誌に届く前に捕らえて笑いかけてやるも、やはり顔色が変わることはない。それどころか自分の手を捕らえる俺を恨めしそうに睨み付ける。
「素直に日直だったって言えば大丈夫。それより日直の仕事、ほとんどしてないんだからこれくらい俺にさせて」
「じゃあヨロシク。で、手ぇ離してくれる」
案外とあっさり引き下がったことに逆に驚いた。もう少し粘るものかと思ったのに。ぱっと手を離してそのまま彼女を見ていると、面倒くさそうにため息をついてカバンを引っ掴む。ガタン。椅子を鳴らして立ち上がった谷口さんが、こちらに視線を向けて一言。
「部活頑張って。また明日」
相変わらず素っ気ない言葉ではあったけれど、彼女の口からの初めての激励の言葉に思わず嬉しくなる。ただの社交辞令なのかもしれない。それなのに、何故かとても嬉しくて。
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