「ねえ」
「あ、はい」
「このカードは?」
「それはサ行の引き出しに」
「…」
「…」
「案外暇だね」
「そ、そう?」
「もっと忙しいのかと思ってた」
「…十分忙しいと思うけど」
当番に遅刻した罰として突然たのまれた膨大な所蔵目録の点検
今日中には終わりそうもないそれはカウンターテーブルにおびただしく散らばっている
「ミョウジさん」
「、はい」
「時間過ぎてるけど」
「あ、もう閉めなきゃ」
(名前、おぼえられてる)
なぜ彼の態度が様変わりしたのか、何事も無かったかのようになっているのか正直言ってまだうまく状況に追い付けていない私
(まだどきどきしてる…)
「どうしたの?」
「鍵…鍵…あれー?」
「はい、どうぞ」
「…どうも」
後々復讐されるんじゃないだろうか、それしか考えられない
02
「ナマエちゃんひねくれてるー」
「か、考えすぎかな…?」
「うん、だって海馬くんでしょ?ミホ、海馬クンみたいな人ちょータイプ!かっこよくってーお金持ちでー優しそうでー「ナマエなんかあった?」
「あ、杏子ちゃんおはよー」
「ミホ、おはよ」
「杏子…」
「ん?よかったら聞くよ?」
「…実は昨日」
「あ、噂をすれば海馬クン」
珍しく朝から登校してきた彼は周りなどまるで見えていないように無言のまま席につくと本を読みはじめた
「……」
「ミホ話したことないんだよねー」
「 え?」
「海馬クン、気になるかも」
「やめときなよミホ、節操なさすぎ」
「いいじゃーん、んじゃちょっといってきまーす」
「…」
「あーあ、まったくあの娘は…」
突然やってきたミホに動ずる事もなく微笑みながら頷く彼を見て拍子抜けする、やっぱり普通の人なのかも、昨日は一体なんだったんだろう
予鈴と同時にミホが小走りに帰ってくる
「すっごくやっさしかったよぉ!あたしホンキでいこっかなー」
「すぐアンタはそうなるんだから」
「えへへーナマエちゃんとっちゃダメだよー?」
「う、ん」
ミホの言葉に頷きながらその奥の海馬くんと目が合う、一瞬何かを言いかけてすぐそらされてしまった
〜〜〜
「朝、なんて言おうとしてたの?」
「何のこと?」
「ミホちゃんと話してたあと」
最終下校のチャイムが鳴るまでのあいだ人のまばらな図書室で時間を持て余す、昨日の続きを終らせたあとやる事がなくなってしまったのだ
「…誰?」
「?野坂さん、ミホっていうの」
「 そう、野坂さんて言うんだ」
「うん…」
「…」
「…」
「?」
黙ってじっと見つめられる、やっぱりちょっと変な人なのかな
「覚えてないな」
「…そっか」
「それと、やる仕事が無いなら帰ってもいい?僕忙しいんだよね」
「あ、そう…なら構わないよ」
「じゃあお先に」
「うん…」
「あと、さ」
「?」
「これあげるよ」
「なに?」
「一昨日のお礼」
目の前につき出された可愛い包装紙
一瞬受け取ってしまいそうになり慌てて手を引っ込めた
「そんな、悪いよ!」
「受け取って」
「でも」
「いいから」
「…」
「開けて」
「……わ、かわいいハンカチ」
「どうも」
「ありがとう、大事に使うね」
「…」
そうは言ってみたものの頭の中は混乱しきりで思考が追いついてこない、どうしていきなり?一昨日何かした?あ、
「あの、私が貸したほうは?」
「え?」
「ハンカチ、あれそのまま返してくれれば良かったのに」
「…ああ、あれ」
「?」
何も言わずただ微笑んで海馬くんは出ていった
誰もいない図書室に残された私はもらったハンカチを夕日に透かし、くしゃりと胸にあててみる
なんだろう、頬が少しだけ弛んだ
〜〜〜
モノで釣ると笑う、単純だ
(ラットの死骸でも入れとけば面白いくらい反応したかもしれないな)
泣き叫ぶか、絶句するか、激怒するか
大方は頭の中でシュミレーション出来てしまうが一見は百聞に如かずだ、実際にこの目で見てみたい。
これで暫くはあの低俗な空間も少しは退屈しのぎになるだろう
見たことの無いはずのミョウジナマエの表情が脳裏に浮かんで少しだけ口角がつり上がった
〜〜〜
翌日、下駄箱でミョウジナマエの言っていた女が声を掛けてきた
「海馬クンおはよう!」
「どうも」
「朝から話せるなんてすっごく嬉しいなー海馬クンって優しーよね」
「どうも」
「それにかっこいいしお金…あ、ナマエちゃんおはよー」
「…」
女は教室に入ってもしばらく俺の周りを行ったり来たり、適当にあしらって無視していると去り際に何事かを言われその拍子に顔を上げると丁度その先に彼女がいた
(へぇ…あんな顔もするんだ)
怒ったり笑ったり忙しい女、そのまま観ていると視線が重なった
「おはよう」
口だけを動かし確かにそう言ってすぐに向き直ってしまう
同時に本鈴がなり担任が入ってきた
(20101023)