▼致命傷

「なぁ、王サマ。あんたはファラオなんだろう。人の上に立つ王なんだろう。人を愛する現人神さまなんだろう。なら俺のことも、あいしてくれたっていいだろう」

喘鳴と共に吐き出された懇願は絶え絶えながらも、それでも王に届いたらしい。王は赤い双眸に悲哀を滲ませて、おもむろに盗賊を見遣った。
『人の道から外れすぎたお前を、愛することはできない』そう拒絶するつもりで開いた王の唇は、盗賊の裂けた左胸ーー紛れもなく、己が刺し貫いた傷だーーを前に、ほんの少しだけ躊躇った。
「なぁ、なぁ、王サマ」と繰り返し呼びかける盗賊の声が、表情が、仕草が、思いのほか幼かった所為もある。あれだけの殺戮と暴虐を繰り返した悍ましいはずの男が、今ではただの、癇癪を起こした子供のようではないか。

「……あぁ、俺が刻んだその傷、その痕を以って、お前の裁きとする。お前が人に戻ると言うならば。それを望むならば。俺は、お前のことも愛し、守ろう。」

鉄混じりの苦鳴を飲み込みながら、少年は王としての言葉を紡ぐ。王の裁きをもって、盗賊は、王にとって守り慈しむべき民に変わった。盗賊にとっての王も、また然りとなる。
愛すれば愛される。守れば守られる。それは、王にとっての常識だった。

「はは、よかった。これで、ただの、この村の民として、死ねるんだな」

王の愛を受けた青年は、安堵の息を吐いた。そうして力の抜けた紫色の瞳をぼんやりと瞬かせて、柔らかな微笑みを作って王に問うた。

「なら、さいごに、人としてのおれの言葉を、聞いてくれるか」

「……聞こう。それが、お前への手向けになるならば」

青年は、ふふ、と幼い笑みを溢すと、掠れた声でこう言った。

「なにが神だ。だいっきらいだ。死んじまえ。クソったれの人殺し野郎」

歪んだ表情でそう言って事切れた、ただの青年の怨嗟の声が、唸りが、血臭が、眼光が。いつまでも少年のからだに残っていた。



2023.03.18

慈愛と自愛となんとやら
再掲です。



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