▼地図をなくした

※獏良くんと子盗ちゃんの話







砂の上に佇んだ少年は語る。

「むかし、とうさんに教えてもらったんだ。『お前が道に迷ったとき、あの星を目標にするんだ。一番強く光っているだろう。あの星はずっと、同じ位置で輝き続けてる。あの星を頼りに歩けば、きっとここに辿り着ける』」

懐かしい唄を口遊むように、少年はふっくらとした唇を躍らせた。夕闇に包まれ始める砂漠の中で、少年の銀の髪が残照を受けて煌く。

「そう、教えてもらった。あったかい声で言ったんだ。いつも頭をやさしく包んで、髪をなでてくれる手が、その星を指ししめしてくれた。おれは、その手がすきだったんだ。ならんで夜空の、星の河を眺めてると、ずっとこんな日が続くんだって、永遠に続くんだって、おもったんだ。そう思ってた。ずっと」

少年の声の震えに合わせるように、景色が歪んでいく。

炎が地を舐める。金の火花が爆ぜて舞う。悲鳴と怒号と、金属の冷たい音が行き交う中で、少年は縋るようにあの道標を探していた。つられて見上げると、不気味に蠢く黒煙の隙間から見上げた空は、雲ひとつなく澄み切っている。それなのに、熱と光に瞳を焼かれて、あの精緻なきらめきはどこへいってしまったのか。底のしれない暗闇しか見えなかった。

少年に視線を戻すと、夜の闇を嵌めたままの瞳がこちらを見つめていた。震える唇がそっと開く。

「あの夜、星を見失った。とうさんが教えてくれた星はまだあるはずなのに、もう、赤に目を焼かれたあの日から、黒を目に映したあの日から、見つからない、見つからないんだ」

しくしくと顔を覆って泣き出す少年の、柔らかな曲線を描く頬を伝う涙をぬぐおうと差し出した右手が、砂になり崩れていく。

砂になっていく腕を見つめながら、青年は冷静だった。この世界で何度も起こったことだ。以前と同じように、左手には自らの記憶の中から探し当てた星図が握り締められている。そして以前と同じように、渡すことは叶わずに崩れ、そのまま意識が落ちていく。『これが君の探していた星だよ』と、そう言って藍に打たれた一粒を示してやりたいと何度願ったか。それも叶わず、渇いた喉から意味を持たない息が漏れたのを聞いて、視界が黒く染まった。


そうして目覚めたとき、獏良了の記憶からは全てが抜け落ちているのだ。星を見失って嘆く少年も、何も救えない自分も、少年の瞳の奥揺れる影も、全てが。



地図を亡くした



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悪夢を見たので獏良君にも見てもらおうと思った。


2016.06.22



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