▼救えない

ものすごい捏造史実の盗賊王の一人語り
暗め













瓦礫の下で目を醒ました。痛みで定まらない意識の中、あぁ、ここはどこだったか、とぼんやりと考え始める。神殿、そう、クル・エルナの地下神殿。うつ伏せの体を起こそうとするも、脚が瓦礫に押しつぶされているのか、それともただ単に力が入らないだけか、うまくいかない。仕方なく、なんとか体の横にして視線を上に向けると、完全に崩落した天井のせいで暗雲垂れ込める空がよく見える。

(負けた、のか)

血の気が失せて冷えた頭が、冷静な、残酷な現実を突き付けてくる。仇を前にして、あと一歩のところで邪念に裏切られ、同胞にも裏切られた。ぐちゃぐちゃに混ざり合った感情が絡み合って、思考が纏まらない。もう、何を望んでいたのかもわからない。

ぐらぐらと揺れる視界の端で、一層暗く濃い闇色がはためいた。なんとかそれを捉えると、 
死霊と闇を纏った闇の大神官と、王サマが向かい合っていた。
ぼろぼろになり、苦しげに膝をつきながらも、王サマは決して焦燥などしていなかった。顔は見えないが、いつもの折れることを知らない力強い意志の瞳で、闇を睨みつけているのだろう。
二人が何か話しているようだがオレの耳には入らない。声は微かに聞こえるものの、それが何を意味しているのか、理解までできなかった。怒号も叫びも、ただの音のように耳を通り過ぎていく。
だが、どうせ王サマのことだ。この世界を闇に染めるなんて許せないだとか、お前は間違っているだとか、そんなことを上から目線で説教垂れているんだろう。人の弱さなんて知らんぷりで、自分の強さだけを信じている、純粋だからこそ強靭な、正義。それがどれだけ危険なものかも知らずに振り回す。

(やっぱり王サマ、アンタとオレ様、似てるぜ)

認めたくねぇけど、と独りごちる。ひとり自嘲の笑みを浮かべても虚しいだけだ。

苦痛に眉をしかめながら王サマの方を見なおせば、なにをするつもりなのか、さっきまで膝を付いていたのが信じられないくらいのしっかりとした足取りで堂々と闇に向かっていた。
一瞬たじろいた闇の大神官の前で、王サマは、アテム、と自らの名を静かに、力強く発する。その声だけが、混沌としたこの空間で唯一ハッキリと聞こえた。
すると闇の大神官は苦しみながらも、意味を為さないような喚きを発しながら王サマに掴みかかろうとする。その手が、溶けるように崩れるように消失した。何が起こっているのか理解できぬうちに、幼き王もつられるようにして消えていく。
ただでさえ霞みがかった視界だと言うのに、二人の姿が更に霞んでいく。よく見れば、ただ景色に溶けているのではない。砂だ。闇の大神官はともかく、まだ血の通った王サマの体が砂となり、それを生ぬるい風が吹き散らしていた。

信じられない光景に唖然とするも、現に王サマの体はどんどん崩れ落ちていく。とっさに、待て、と言おうとした口は乾いて使い物にならない。何とか声を出そうとするも、切れた喉から出るのはただの血で、地面に散った赤黒い血を睨むことしかできなかった。
仇を奪われてたまるか、その一心で、無駄だと分かっていながらもひたすらに手を伸ばすが、すでに二人の全身は砂の山となって旋風にさらわれていった。

まるで夢を見ているような儚い消失を目の当たりにして、呆然としながらもどろどろとした黒い憎悪が胸いっぱいに広がる。やがて持ち主を失った千年錘が地面に落下すると、高い音を立てて砕け散り、目の前にその破片が一つ転がってきた。あぁ、と喉の奥でか細く哭きながら、力の入らない震える手でそっと触れ、握り込む。冷たい金属の感触。失血によって奪われていた体温が更に下がっていく。

「ま、だ、決着、はついて、ねぇだ、ろ…なぁ、おう、さま…置いて、いくんじゃ、ね…ぇ…」

破片に胸に抱き、語りかけるように掠れた声で呟く。
この思いをどこにぶつければいいのか。この小さな金属の欠片のなかで、あいつらが待っているのなら、オレもそこにいこうか。まだゲームは終わってない。舞台はここじゃない。今度は誰にも邪魔されることのない場所で、オレが、オレ一人が勝つ、勝たねばならない。

決意と共に歯を食いしばった瞬間、胸に鋭い痛みが走る。定まらない視点で見やると、先程までは無かったはずの千年リングが見えた。更に視線を落とすと、指針が深々と皮膚に突き刺さっている。感覚などもう麻痺しているはずなのに、そこだけがずくずくと燃えるように熱く痛んだ。ここから、復讐から逃すまいとしているのか、それとも、この胸に巣食う闇におびき寄せられただけなのか。

「安心しろ、逃げるつもり、は、ねぇよ…」

そう言って、唇を吊り上げてリングをなぞる。高笑いをしたはずが喉が無様に鳴っただけで、それすらもおかしく思えて体を震わせた。
胸の痛みが徐々に増していく。このまま食われる前に、少しだけでも、王サマのところへいけたら、そうすれば、そこまで考えたところで盗賊の意識は途切れる。
しっかりと握りしめられた左手は開かれることなく、欠片を握りしめていた。その手も、盗賊の身体も、ザラザラと砂となり崩れていく。砂の中で唯一、千年錘の破片だけが鈍く輝いていた。

やがて、黒雲の切れ目から青空が覗く頃。一陣の風が砂の山を浚い、散らしていく。
掬うものは誰もいない。



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初期の、闇に支配されている王様に若干の盗賊王の面影を感じたので、「盗賊王の一部が王様に入っててもありなんじゃないか」とカッとなってやりました。
救えないし、掬っても手からこぼれ落ちていって、心に巣食った闇に苦しめられるような王盗が好きです。


2014.4.10



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