▼あいたい

邪神バクラさんと盗賊
軽い暴力描写とメンタル弱い盗賊注意











広がる闇の更に奥、深淵の最下層。そこに青年は縛り付けられていた。否、拘束されているわけではない。形のない闇に浸るように倒れていた。
鋭い切れ長の、猛獣の牙を思わせたその瞳は暗く濁って光を亡くし、紅い外套から覗く鍛えられた四肢は力なくだらりと投げ出されるだけだ。
うっすらと開いた唇からは、時折怨嗟とも懺悔ともつかない重く小さな独り言が吐き出される。その度に、辺りに広がる闇が満足そうに蠢く気配があるが青年がそれに気付くことはない。
そんな壊れた人形のような青年の様子を見て、邪神の一部である少年は満足そうに唇を吊り上げる。闇の上を音もなく進み、青年を眺めてくつくつと笑った。
ようやく邪神の存在を感知した青年の瞳が、恐怖とも怒りともつかぬ感情で揺れた。

「あ、ぁ、出せ、だせよ、ここは、ぁ、くらい、くらい…いやだ…もうやだ…かえせ…かえせよ…」

掠れた声で、捨てられた子が親に縋るように、邪神の首にかかる金色の輪に震える手を伸ばす。血色の悪い白い手が素早く動き、渇いた音を立てて、青年の手は無慈悲にも叩き落とされた。

「甘ったれんなよ。これが貴様の望んだことだぜ」

温度のない声で邪神が言い放つ。その声色とは正反対に、整った顔は邪悪な笑みを湛える。
横たわる青年の正面にしゃがみ、乱れた髪を白磁のような手が乱暴に掴み、無理矢理顔を持ち上げさせる。青年の喉から呻きが漏れるも、邪神が気にする素振りはない。どこか恍惚としながら邪神は青年の耳元でそっと語りかける。

「もっと喜べよ。貴様の大好きな闇を、オレ様がわざわざ与えてやってるんだぜ」

「ちがう…いやだ、こんな、オレは、こんなの、やめろ…!」

「今更逃げようったってそうはいかねぇよ。安心しな。最期まで捨てないでおいてやる」

嬉しいだろ?と、愉快そうに歪む顔と、悲哀と屈辱に歪む顔が向かい合う。
クッと喉を鳴らし、邪神は髪を掴んでいた手を離す。もうほとんど力の入らない身体は、重力に従い無様に倒れた。
スニーカーを履いた足が青年の肩を踏みつけ、蹴り飛ばすように乱暴に横を向かせる。

「そうだ、良いことを教えてやろうか。ファラオが千年アイテムを集め終えた。まぁ、千年リングはまだオレ様の手の内だけどな。貴様とオレ様が三千年も待った決着も近いぜ」

痛みよりも勝る、告げられた内容の衝撃に青年は弾かれたように目を見開く。

「あ、あぁ、ファラオ、王サマ、が、また」

「そう、てめぇが命を懸けて仇を討とうとしたってのによぉ…アイツは罪を償おうともせず、全て忘れて!のうのうと生きてやがるのよ。貴様がこうして苦しんでる今も、アイツは仲間たちと仲良しごっこだ」

「オレは、また、あぁぁ…千年アイテム、また、あいつら…オレのだ、取り返したのに、オレの、おれの、なのに…」

見開かれた目が徐々に据わり、ギラギラと輝く。噛みしめられた歯の間から吐き出される声は、その険しい表情とは正反対に、今にも泣きそうな程弱弱しいものだった。

「許せねぇだろ?せっかく同胞を救えると思ったのになぁ」

「ちくしょう、ちくしょう…殺してやる、絶対……、許さねぇ、オレのだ、オレが手に入れて、扉を、あいつらを…ぉぉお」

途切れ途切れの声は、やがて獣のような唸り声に変わる。青年から発せられる肌を灼かんばかりの殺気を感じて、邪神は心地よさそうに目を細めた。

「なぁ、ファラオが憎いだろう?忌まわしいだろう?貴様の手で、決着をつけさせてやってもいいんだぜ」

憎悪に燃える瞳が、邪神の金の瞳を捉えた。よたよたと辛そうに身体を起こす青年を見ながら、邪神はニタニタと嫌らしく笑っていた。ほっそりとした白い腕を組み、高圧的に見下しながら、靴のつま先で悪戯に青年の肩をつつく。それだけの些細な振動でも、青年は今にも倒れそうな程よろめいた。

「オレ様たちはこれからゲームをする。貴様をそのゲームに参加させてやるよ。どうだ、悪い話じゃないだろう」

「王サマ、あいつらを、取り返せるのか、本当に、できるのか」

すがるような眼差しを鬱陶しそうに、それでもどこか愛おしそうに一瞥すると、邪神はそっと唇を開く。

「そうだ、王を殺す権利と、千年アイテムを手に入れる権利をやろう。我らの願いを叶えるのだ!!貴様にはその役目がある!」

邪神の煽動の声が闇に木霊し、折り重なって様々な声色に変わり響く。懐かしくも感じるその悲鳴のような声たちに、青年は思わず息を詰めて耳を塞ぐ。その手を撫でるようにどかしながら、呆然とする青年に顔を近づけた。

「それが終わったら、」

内緒話をするように盗賊の耳に口を寄せ、青年にだけ聞こえる声量で囁く。
子供に言い聞かせるような優しい口調。冷たい手は慈しむように青年の頬をなぞる。
あぁ…、と、どこか嬉しそうなか細い声を一つ発して、満ち足りた表情のまま青年は糸が切れたように意識を失い倒れ伏す。
青年を見下ろして声もなく嗤う邪神の手には、一枚のカード。そこに描かれている絵は、三千年前の憎しみに燃えながら生き抜いていたときの青年の姿だった。それに一つ口付けを落とし、邪神は闇に溶けるように消えていった。




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クルエルナのみんなに会いたい盗賊と、王様と相対するバクラ。
舞台の中央で砂となって去れば、始まりさえも消えてしまう。

バクラさんの最後のセリフは皆さんの心の中に…


2014.03.12



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