▼夕闇にくちづけ(王盗)

『雨飴』の、きいちさんに捧げたものです。

シリアス気味

この話には

・情事を思わせる描写(そのものは出てきません)

・グロテスク、ショッキングな描写

・とんでもない捏造

・キャラ崩壊

が含まれています。
どれか一つでも苦手なものがある方は、お読みになるのをお控えください。




















「来てくれたか」

隠すように顔と髪を布で覆った王が、今まで走らせていた馬の速度を落とし、漆黒の馬に跨って佇む男に声をかける。
普段の服装からは考えられないほど質素な服装をした王とは対照的に、その男は手足に黄金の宝飾具を付け、派手な紅に染められた羽織を纏っていた。ゆっくりと振り向いた胸元で、金のネックレスが揺れて輝く。
今にも刃物を突き付けてきそうな鋭い雰囲気を纏った男――盗賊は、目立つ銀髪と傷痕を隠すためか、それとも日除けか、フードをかぶっていた。そのせいで鋭くつり上がった目元に影が落ち、元から険しい顔つきが更に険しく映る。

「そんな顔をするな。来たからには、文句を言う権利なんて無いはずだぜ」

「てめえが、無理矢理決めたんだろうが」

「そうだったか?オレは誘っただけで、行くと言ったのはお前だ」

盗賊は反論のために口を開きかけるが、悔しそうな表情で口をつぐんだ。確かに、乗せられたとはいえ事の発端は自分だ。昨夜の寝台でのやり取りを思い出し、眉間にしわを寄せ、手綱をぎりぎりと握りしめる。怒気に中てられた黒馬が、怯えたように小さく嘶いて体を揺する。

『明日、陽が傾きかけてきた頃。西の丘に来てくれないか』
寝台の中、髪を梳かれながら王がかけた言葉。
靄がかかったような不明瞭な思考のまま、その声の甘さに流されて盗賊が頷いてしまったのがそもそもの始まりだった。

こうなれば何を言っても無駄だ。何か言うごとに上げ足を取られ、自分が追い詰められるだけと、盗賊はこれまでの経験から学んでいた。突き詰めれば、それほど盗賊と王の関係が長いということだが、盗賊は理解していない。

「で、どこまで行くんだよ」

話題を変えた方が得策と読んだ盗賊が、溜息混じりに問う。

「そうだな、いい所だ。きっと気に入る」

そう答えて王は馬を歩ませる。
曖昧な答えに盗賊は不満そうな表情をするが、王の強い眼光を放つ瞳は、聞いても答える気はない、と言っている。不承不承ながらも王に倣って馬の腹を足先で小突き、歩を進めた。


緩やかな歩みの中、会話は無い。二人は無言のまま、時折、立ち止まろうとする馬の胴を脚で圧迫して進ませるだけだ。吹き抜ける熱風が砂と共に体に纏わりつき、汗で湿った肌に不愉快な感覚を残して去っていく。

「それにしても、神の化身たるファラオが無断で外出されるなんてなァ。間抜けな神官サマや兵士は今頃大騒ぎじゃねぇか」

沈黙に耐えかねた盗賊が、冷ややかな眼差しで皮肉交じりの言葉を放つが、王はそれに軽く微笑み、澄んだ瞳を向けながら返した。

「気にするな。オレだって、神以前に人の子だ。お前と同じな」

とっさに王を睨むものの、何を言っていいか分からずにやり場のない苛立ちに歯噛みする。
てめえと一緒にするな、と叫びたかったが、言った瞬間に全てが崩れ去ってしまいそうな、ざわざわとした蟠りが胸を支配する。その感覚を振り払うように、フードの上から乱暴に髪を掻いた。
意地が悪い――そう心の中で毒づくだけに留めて、盗賊は王に視線を送った。

「どうでもいい、早くしやがれ」

「あと少しだ、あまり急かすなよ」

勝ち誇った笑みを浮かべながら、王が馬を走らせる。本当に意地が悪いともう一度心中で毒づきながらも、盗賊もそれに黙って従う。嘶きの残照と砂煙を残して、二人は砂漠を駆けていった。


砂漠を抜け、四方を絶壁に囲まれた岩場に出る。
少し、そう言っておきながらどれほど歩いただろうか。空を見上げれば、日が落ち始めたのであろう、橙に色づいた雲が見える。
このままだろ日が暮れちまう、オレ様の都合も考えろ、と王の背を恨みがましく見つめるが、気に留める様子もない。

やがて、王が馬を止まらせた。着いたぜ、と声をかけられた場所は、壁の終わりだった。奥には、日で明るく照らされた開けた高台が見える。光に包まれていく王を追うと、金色の輝きが盗賊の瞳を刺した。
見下ろせば辺りに何もない砂漠。そこに、全てを紅く塗り潰し、燃やしつくすような、壮絶なほど美しい夕焼けが広がっていた。
空には溶けた七色が虹のように美しく折り重なり、赤と金混じりに輝く細い雲が一筋浮かぶ。
馬から降りた盗賊が、褐色の肌を艶やかに照らされながら夕日に近づいていく。
半ば呆気にとられたまま崖の縁近くまで行くと、フードを取って眩しそうに目を細めた。どこか愁いを帯びた紫の瞳の奥には、苦い憎しみの色と妖しげな狂気の色が混じる。
盗賊が振り返ると、同じように馬から降り、こちらを満足そうに眺めている王と目が合う。王の肩越し、絶壁の向こうに、薄闇を纏った地平線が見えた。
よく躾けられた二頭の馬は、一歩も動かずに尾を揺らしながら忠実に主人を待っている。

「どうだ」

王が盗賊の横に立ち、声をかける。

「周りに何もないからよく見えるだろう。昔、まだ幼い頃だ。一度、シモンに連れてきてもらってな。お前に見せたいと思ったんだ」

「…へぇ」

優しく語りかける王に、盗賊は心ここにあらずと言った様子でぼそりと呟いた。
ゆるく腕を組んで、盗賊の方に顔を向ける。

「美しいとは思わないか」

盗賊が一瞬息を呑む気配がした。やがて口元を歪に吊り上げると、苦しそうに、憎々しげに言葉を吐き始める。

「そうだなァ…これが、この紅が、みんな、てめえらの血だったなら…それはそれは、美しい景色だろうなぁ!!」

先程までの様子が嘘のように、夕日を背にけたたましく笑いながら盗賊は腕を広げる。恍惚とした表情だが、目だけは悲しそうに歪み、右頬を走る傷が涙の跡にも見えた。

「俺のことが、憎いか」

「憎い」

苦しそうに問うた王に遠慮などせずに、盗賊ははっきりと答える。その顔には笑みはない。

「てめえだけじゃねえ。王宮が、この国が、のうのうと生きてるやつらが、すべてが憎い、憎い!クソッタレ!みんな死んじまえばいいんだ!!」

拳を握りしめて、盗賊は叫ぶ。怒りからか、荒く息を吐きながら今にも地団太を踏みだしそうな程体を震わせると、耐えるようにきつく目を閉じる。
その姿はまるで、宝物を壊された子供が泣きじゃくっているものに似ていて、王は思わず視線をそらす。

「オレはお前を、救ってやりたかった」

「偉そうに言ってるが、余計な世話ってやつだぜ、王サマ。帰りの谷で別れたら、オレはテメェらを殺しに行く」

はぁ、一つ大きく息をすると、落ちついたのか、盗賊は静かな声色で言う。
そのまま王に背を向け、馬の方へ歩き出した。王はその背中に哀しそうに声をかける。

「その思いは、変わらないか」

「当たり前だ」

「…お前のその強さも、美しさも、愛してる。だから」

盗賊の答えを分かっていたように、諦め混じりの声で、縋るように愛を囁く。

「これがオレがしてやれる最善の選択だ」

しゃらり、と金属の擦れる涼やかな音がした。
なにを、と振り返りかけた盗賊の首が跳ね上がる。かわすこともできず、精霊を出す余裕もないほど。それはあまりに一瞬の出来事で、盗賊の顔には苦痛も怒りもない。
純真な子供のような表情を浮かべたまま落ちた首は、血の軌跡を描きながら、渇いた砂を散らせて王の足元に転がる。

濁り始めた盗賊の瞳が見上げる王の手には、夕日を受けて神々しくも残酷な輝きを放つ短刀が握られていた。ところどころ鈍く輝くのは、盗賊の血が輝きを覆い隠しているからに他ならない。
盗賊の口端が何か言いたげにひくりと動くが、空気の漏れる音がしたきり動かなくなった。

すまない、と掠れた声を漏らして、王は光を亡くした盗賊の眼を覗きこむ。紫の瞳には、酷く悲壮な表情をした王が映った。
それを見ると、自嘲めいた笑いをひとつこぼしてまだ温かさの残る盗賊の首を恭しく持ち上げ、そっと鼻梁に唇を落とした。地面に腰を下ろし、抱えこんで瞼を優しく閉じさせると、大事な宝物を扱うように抱きしめる。
王は涙も流さず、ただ愛しい盗賊の首を抱きしめた。泣かない王の代わりに、盗賊の首の断面から静かに血が流れていく。肌を血に染めながら、王は赤子のように盗賊の体に身を寄せた。

日没と共に、闇がやってくる。
美しい夕日も、砂漠も、盗賊の死体に寄り添って眠る王の姿も、全て、宵闇が覆い隠してしまった。



------------------------------------


きいちさんに捧げます。遅くなってしまい、その上こんな感じで、大変申し訳ありません…
拙い作品で申し訳ありません。書きなおし、修正はいつでも受け付けております。
きいちさんの王盗はいい感じに殺伐しながらも、なんとなくほんわかしててラブい感じなのに……すみません…


そして久々すぎる更新…すみません…
王盗日の下デートしようよ→王様盗賊王救ってよ→どうしてこうなった、という流れでした。


2013.12.01


最後、王様が盗賊の体を崖から投げ落とし、黒馬に盗賊の首をくくりつけてそのまま二頭を引き連れ王宮に帰る予定だったのですが、流石に思い留まりました。





top


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -