▼とある日の白昼 夏の日の4ばく 「あついね」 ぐったりとソファに寝転がった獏良がぼんやりと呟くも、同じく床に寝転がった二人はピクリとも反応せず、冷たい床を求めて寝返りを打っていた。しん、と静まった部屋に扇風機の音だけが虚しく響く。 「バクラ、冷蔵庫に何か入ってない?」 横目で双子の弟、バクラに視線を送りながら聞くも、バクラの方は背中を向けて黙ったままだ。痺れを切らした獏良がもう一度、今度は怒り混じりの声で「バクラってばー」と呼ぶと、いかにもだるそうな表情のまま起き上がり、胡坐を組んで獏良の方に向き直る。 お揃いのボーダーのTシャツと、しょげた癖っ毛のせいで、お互いに自分がもう一人いるかのような錯覚を起こす。そんな感覚を頭を振って追い払うと、静かにバクラの答えを待った。 「何かってなんだよ」 「アイスとかジュースとか」 「ない」 その一言でむすっとした表情を作った獏良が、諦めたように寝ころんだまま背伸びをする。 「なんで無いの。買っておいてよ」 「…行くって言ってんのに誰かさんたちが『暑いから買い物行きたくない〜』とか駄々こねて、ここ何日か買い物に行ってねぇせいだよ」 「バクラ一人だって行けるでしょ」 「一人にあんな多荷物持たせるつもりかよ…」 ひくり、と顔を引き攣らせて、嫌みたっぷりに反論したバクラだったが、獏良のとぼけた様な態度と言葉で脱力し、肩を落としてぼやく。 「どうでもいいだろ…それより何で日本の夏はこう…こんな…あっちいんだよ…クソ…クーラー…」 そんな二人のやり取りを横に、赤のタンクトップに黒の短パンと言うラフな格好をした大柄な青年が床を這いながらクーラーのリモコンに手を伸ばす。が、手の届く一歩前でバクラの手が素早くリモコンをかすめ取る。 バクラを思わず睨みつけた青年だったが、鋭い目つきも頬の傷も、暑さに耐えきれずに力のなくなった目付きではいまいち迫力が無い。 「やめろ、先月の電気代いくらだったと思ってんだ。我慢しろ砂漠生まれ」 「うるせー…日本はモワーっつーか、ジットリっつーか…つまり違うんだよ」 「知らねーよ、とにかく扇風機があるだけマシだと思いやがれ」 青年が、うー、と唸りながらリモコンを取り返そうとするも、巧みにかわされて手が届かない。その内力尽きたように、すごすごと背を向けてバクラから離れる。そして。扇風機の近くにうずくまって何やらパネルをいじるが、獏良がそれを見逃さなかった。「扇風機独占しないでよ!」と言う鋭い声に、『首振り停止』のボタンに置かれたたくましい指がびくりと震えた。肩をすくませて、「だってよぉ…」と言いながらこちらを窺う青年の様子は、悪戯が見つかった子供のようだった。 「そういえばチビはどこ行きやがった」 しょぼんとした青年を鼻で笑いながら、バクラはきょろきょろとリビングを見渡して今日一度も見ていない青年の弟を探す。時計は既に三時を指していて、遊びに行ったとしても昼には帰ってくる少年が、この時間まで帰ってこないのは珍しい。 「あいつなら了の友達んとこ行ってる」 ぼそりと呟いて寝転がった青年に「はぁ?」と威圧を含めて問えば、獏良が続きを代弁した。 「遊戯くんの家で子供集めたゲーム大会があるらしくて、それに行ってるの。バクラに言ってなかったっけ」 「そんなこと聞いてねぇよ…」 「そっか、言ってなかったかー、そういえば出る時も寝てたもんねー。じゃあ迎えに行くついでにアイス買ってきてよ」 自分にだけ報告されていなかった疎外感に打ちひしがれるバクラにも、獏良は悪びれもせず飄々と言い放った。 「だから何でオレなんだよ。そこのデカブツに行かせろ」 ぎろりと鋭い目線を獏良と青年に交互に投げると、白々しく吐き捨て、青年を顎で指す。 青年も向けられたその視線に負けず、より鋭い目つきでバクラを睨み返す。 「ふざけんな、誰がテメーの代わりに行くかよ」 「じゃあ二人で行ってきてよ」 二人の睨み合いを暑苦しいとでも言うように、獏良は手をぱたぱたと振る。しっしっ、と言葉までつけられれば、お互いが顔を見合わせて気まずそうに口をつぐんだ。 「…了は行かねえの?」 獏良を上目づかいで見つめる青年の頭を撫でると、言い聞かせるように「ボクは留守番してるから、ね?」と優しい口調で宥めれば、青年は嬉しそうに目を細めながら拗ねたような声色で返す。 「了が行かねえならオレ様も行かねぇ」 まるで犬じゃねぇか、と心の中で思うバクラだったが、その心とは裏腹に刺々しい口調で青年と獏良に言った。 「ふざけんなよ結局オレ一人じゃねぇか、絶対行かねぇからな」 三人で顔を見合わせ、同時に溜息を吐く。 獏良が何か考えるように視線を巡らせると、諦め混じりの、いっそ清々しいほどの頬笑みを作った。 「三人で、迎えにいこうか」 「チビをか?」 「うん、そろそろ終わる頃だろうし。バクラさんは行くよね?」 「…おう、行く」 よっこらせ、とおやじ臭い言葉と共に立ち上がった青年は、硬い床に寝転がっていたためか軋む体をゴキゴキと派手な音を鳴らしながら伸ばす。脱ぎ捨ててあったパーカーを羽織り、大きく欠伸をすると獏良の隣に寄る。 「バクラは?」 「仕方ねーな、付いていってやるよ。ついでに買い物もするからな。筋肉、テメー荷物持てよ、無駄に力だけは有り余ってるんだからな」 怪訝そうな面持ちで構えるバクラにも声をかければ、意外にもあっさりと承諾される。いそいそと財布を用意し始めるバクラを見つめながら、何だかんだ言いながら嬉しいんだろうな、と青年と獏良は思う。と同時に、こんなこと言ったらいじけて家に籠るんだろうな、とも思うので、生温かい目で見守ればバクラから「なんだよ」と言う不思議そうな声が飛んだ。 「ひょろひょろのテメーには辛いだろうからな、可哀想だから持ってやるよ」 そんなことを考えながらも青年が好戦的な態度をすれば、二人の間で火花が散る。凶悪な顔の男たちが睨み合っている図はとんでもない迫力であったが、ほぼ日常茶飯事と化しているこの光景に獏良が怯むことはない。 獏良が睨みあう二人に視線を送れば、素直に後ろを付いてくる。二人の従順さに納得したようにうんうんと頷くと、日が入らないため、それなりにひんやりとしている廊下を進んでいく。 そのまま外へのドアを開けた瞬間、真夏の蒸し暑い空気が三人の体にまとわりつく。思わずドアを閉めた獏良だったが、意を決して外に飛び出す。 熱された緑の、青臭い匂いを肺いっぱいに吸い込んで、三人はゲームショップへ向けて歩き出した。 街中を抜け、三人で今日の夕飯のことを駄弁りながら歩けば、ゲームショップはもう目と鼻の先だった。 入り口で、おそらく近所の子だろう、何人かの子供と楽しそうに話していた少年が、三人の姿を見つけると目を輝かせて大きく手を振る。 それから周りの子供に小さく手を振ってから離れると、三人に向かって一目散に走ってくる。 「にーちゃん!りょう!」 「迎えに来たぜ。楽しかったか?」 腕に飛び込んできた少年をそのまま持ち上げて抱きかかえながら、青年が優しく問いかける。 「うん!ゆーぎとみんなに、色んなゲームいっぱい教えてもらったよ!今度やろ!」 「ボクもやりたいな〜混ぜてね!」 「…オレは無視か」 輝く笑顔の少年とは逆に、どんどん表情を曇らせていく青年が呟く。 地面に下ろされた少年が思い出したように「バクラ!」と元気よく呼ぶと、バクラは意地の悪い笑みを浮かべたままそっぽを向く。 「遅ぇんだよ。これから買い物に行くんだが、テメーには菓子買ってやらねぇからな」 バクラの一言に、うぅっ、と言葉を詰まらせて悲しそうに顔を歪ませた少年の頭を、バクラが優しく撫でる。硬くハリのある銀髪を梳くようにすれば少年の表情がころりと嬉しそうなものへと変わった。 「よしよし、大丈夫だよ〜、バクラの分のおやつあげるからね〜」 「勝手に決めんな!やらねーからな!」 ぱぁっと顔を輝かせた少年にバクラが不機嫌そうに怒鳴れば、獏良と少年が唇を尖らせて「ケチ」と溢す。 怒りからか逆立ってきた髪を青年があやすように数度ぽんぽんと叩けば、バクラは少し頬を染めてその手を払いのける。 「まぁいいだろ。バクラが好きなアイス何でも買ってやるって言うから許してやろうぜ」 「言ってねぇ。捏造するな」 青年がはたかれた手を大げさにさすりながら言えば、獏良と少年が元気よく手を挙げた。 「ボク、シューアイスね!」 「おれも、りょうと同じの!」 「じゃあオレ様もそれでいいか」 「…ったく、…荷物持つの、手伝えよ」 呆れて大きな溜息を吐いた青年だったが、開き直ったかのように言い捨ててスーパーに向けて歩いていく。青年も少年の手を繋いでそれに付いていく。 獏良もその後を付いていきながら、「バクラはどうする?」と聞けば「オレも同じのでいい」と少し照れくさそうな声色で答えが返ってきた。 後ろを見もせずに一人でずんずんと進むのは、赤くなった顔を見られないためだろう。 だが、白銀の髪からちらりと見えた耳やうなじまで真っ赤になっていたので、あまり効果はない。後ろを追う三人は、ほくそ笑みながらもバクラにすり寄ってスーパーを目指す。 睦まじく話をしながら歩む四人を、夕暮れの涼しい風が撫でていった。 ---------------------- ばくらの日滑り込み ばくばくで書こうと思ったらとんでもなく暗くなったので、七夕のときの設定引っ張ってきました。これが当サイトのばくら一家設定になりそうです。 子盗ちゃんの出番が少なくなってしまったのが心残り… 私の計画性の無さが原因なのですが、もう滑り込みやめたいです。いやです。バクラさん計画性ください。 2013.08.09 top |