▼ゆるやかな退廃

盗賊王+子盗(の姿をした闇)

※色々と注意















青年が長いまどろみから覚醒すると、辺りは真っ暗な闇に包まれておりました。
それは、全てを隠してしまう夜のような闇ではありません。何やら実体のない黒いものが、自分やその周りを包んで、埋め尽くしているようでした。
暑さも寒さもなく、触れられる感覚もなく、ただただ青年はその不思議な感覚に酔います。
いつからここに居たのか、どのくらい眠っていたのか、青年には知る由もありません。ただ、頭の芯は靄がかかったように霞み、大事なことを全て忘れてしまったような感覚を覚えます。手足は痺れたように動きが鈍く、身体は水を吸ったような重さと倦怠感がありました。
しばらく糸が切れた人形のようにぼんやりと横たわっていた青年でしたが、視界の端で何か白いものが動いたのが見えて、ずっしりと重い身体を起こしました。
獲物を狙う肉食獣のように鋭い目で闇を見渡しますが、そこにはただ闇ばかりが広がり、人の姿は見えません。しかし、盗賊稼業で鍛えられた青年の鋭い勘は、確かに何者かの気配を感じ取りました。

「誰だ」


威嚇するような、荒々しい声色で闇に潜むものへ問えば、どこからか笑い声が聞こえてきました。それは、この空間には不釣り合いな、無邪気さが残る幼い子供の声でした。
足に力を入れて立ち上がり、一層の注意を払いながら周りを見渡せば、視界の隅に何者かが映ります。
薄汚れたぼろぼろの簡素な衣服に、砂埃で艶を失った褐色の肌、乱雑に切られた白銀の髪と、その間から覗く夜明けを思わせる藍色の瞳は愉快そうに細められていました。年相応なぽってりとした愛らしい唇は、その見た目にそぐわない不気味な歪みを形作り、にやにやと笑っておりました。
青年はその少年の姿を見て、背筋に雷が走ったかのような衝撃を受けました。それは、自分の幼い頃、王宮の大虐殺から逃れ、あらゆる飢えに苦しみながら必死で生き抜いてきた頃の姿だったからです。
目を見開き、飲み込めない事態に硬直した青年を見て嬉しそうに笑った少年は、軽い足取りで青年の方へ駆け寄ってきました。

「よぉ、お目覚めか?」

少年は、声変わり前の甲高い声で青年に話しかけますが、青年は答えることなく、ただ呆然と立ち尽くしております。
少年が一歩進んだところで、青年は我に返り、無意識のうちに止まっていた呼吸を整えます。

「おまえ、は。なんで、」

緊張と、過去の傷を抉られた痛みと、得体の知れないものへの僅かな恐怖とが合わさって渇く咥内ともつれる舌を抑え、震えながらも口を開く青年でしたが、やっと出てきたのは大して意味を持たない問いだけでした。
それを聞いた少年は嬉しそうな様子で青年を見上げると、どこか興奮したような口調で、少年はまくし立てます。

「オレ様のことはどうだっていいだろう。今だって、てめえの昔の姿を借りているだけだ。どうだ?この姿はお気に召したか?いや、それより、そんなことより、だ。てめえはどこまで覚えている?おい、盗賊王サマよ」

青年にとって知りたいのはそんなことではなく、ここは何処なのか、何故自分がここに居るのか、そして一番知りたいこと、自分の姿をしているこの少年はいったい何者なのか。
けたけたと自分を嘲笑う少年に、混乱でぐちゃぐちゃに掻きまわされた青年の脳は、少年のことを敵だと判断しました。
目の前に立つ少年の頬を、渾身の力を込めた拳で殴りつけると、僅かに驚愕に見開かれた目が青年を捕らえました。そのまま無様に転がる少年に跨り、胸倉を掴むと激情に任せて一発、二発と拳を打ちつけていきます。少年は悲鳴も呻き声も出さず、ただ静かに、笑みを絶やさぬまま、青年の暴力を享受しておりました。
そんな態度が青年の癪に触り、息を切らし、目を血走らせながらもひたすらに少年を殴りつけます。少年の顔は無残に腫れ、切れた口内や鼻孔からは血が流れ、飛び散った血が青年の手や頬、羽織を汚しますが、青年には気にしている余裕がありません。少年の顔が崩れていくのと比例するように、ぐち、ごきっ、ぐちゃ、ぼきっ、と湿った音と乾いた音が交互に鳴ります。青年の武骨な手が少年の髪を掴んで持ち上げると、ぽろり、ぽろりと、血に彩られた貝にも似た白く小さな歯が少年の口から吐き出されました。
どれだけ殴り続けたか分かりません。手の痛みと疲れをようやく感じ始めた青年がだらりと腕を下ろすと、少年の顔は直視できないほど酷いものになっていました。痣と腫れと、血で彩られたその顔。それでも口元は吊りあがり、ほとんど塞がった瞼から覗く藍色は、嘲りの色をより濃くしていました。
不気味な少年の死体を見下ろしても、達成感も何もなく、虚しさと後味の悪さ、そして置かれている状況の不鮮明さに舌打ちをします。それでも、僅かな高揚感が青年の頭を熱く痺れさせました。

「ガキを殺して愉しかったか」

立ち尽くす青年の背後から、鈴のような声が聞こえました。驚いて振り向けば、そこには先程青年が殺したはずの少年が綺麗な姿でにたにたと笑っていました。青年は絶句して、横目で少年の死体を確認します。やはりというべきか、そこには少年の死体が横たわっていました。

「なんなんだ!てめえは!どうして生きてやがる!」

目の前が赤く染まるほど逆上した青年がほとんど半狂乱で叫ぶと、少年は笑みを途切れさせ、真剣な顔になって、静かな声で言いました。

「いい加減とぼけるのは止せ。薄々感づいているんだろう。てめえは、死んだ。無様に負けてな」

その言葉を聞いて、青年は歯を砕かんばかりに噛みしめます。荒い息が歯の隙間から吐き出され、その様はまさしく飢えた獣そのものでした。
少年が指摘した通り、青年は薄々感づいておりました。ここは、現世ではない、どこか別の、そう、たとえば死後の世界ではないかと。

「は、ははっ、冥界っていうのは随分と物騒なところだな。なら、てめえは冥界の死者か何かってことか?」

動揺したまま、渇いた笑いと共に冗談交じりに青年が言うと、少年はおもむろに首を横に振りました。

そして俯くと、囁きかけるような優しい声色で青年に言いました。

「ここはそんな大層なものじゃない、闇の中だ」

闇、と聞いた瞬間に、青年の頭に鋭い痛みが走りました。ちりん、ちりん、と金属のこすれ合う高い音が青年の耳の奥で鳴り響き、反響し、痛みを増していきます。
緩やかに顔をあげた少年の顔は、また先程のような不気味な笑いを湛えておりました。

そのまま壇上の演者のように両腕を大きく広げ、高らかに、謡うように青年に語りかけます。

「オレ様に取り込まれろ。そうすれば、てめえはもっと強くなれる。もう負けたくないだろう。その衝動を内に秘めたまま、ここで朽ちるのは嫌だろう。お前はオレ様の一部になるんだそして!ファラオを殺し、ゾークを完全に復活させる!悪い話じゃない筈だ」

ずきずきと、青年の頭が鈍い痛みに支配されます。その痛みに呻きながらも、少年に鋭い眼差しを向けます。

「だれが、てめえの言いなりになるかよ」

痛みに魘される青年が吐き捨てるようにそう言うと、素早い動きで少年に向かって腕を伸ばし、その細首を両の手でがっちりと掴みました。そのままぎりぎりと、絞めると言うよりは折るような勢いで力を込めていきます。

「どうしてオレ様を拒絶する。闇の力を手に入れたいと願ったのも、クル・エルナの者に逢いたいと願ったのも、貴様だろう」

「黙れ!」

締められたせいで掠れ、悲哀に満ちながらも、しかし甘い声色で、少年は青年を惑わします。鼓膜を優しく震わすその音色に、青年は憤怒で応えました。
尚更強く少年の首を絞めると、なにやら鈍い音が響きます。骨の折れた感覚に青年が反射的に手を離すと、ほっそりとした柔らかな肢体はどちゃりと音を立てて闇に叩きつけられました。
少年はその細い首をごきりとへし折られても、最後まで笑っておりました。

青年が不規則な荒い息を吐きながら鬼気迫る形相で二つめの死体を睨みつけていると、またもや周囲から声が聞こえます。濁った眼でぐるりと見回すと、そこにはやはり幼い頃の自分たちがにたにたと笑って、青年を囲って様子を窺っていました。
精霊獣を呼び出そうとしても上手くいかず、青年は不規則な荒い息を吐きながら赤い外套を翻して少年たちに突進します。幽かな記憶を頼りに懐に手を伸ばせば、忍ばせておいた短刀が触れました。そのまま短刀を手に取り、切り付け、抉り、時に素手で絞め殺します。
時折遊ぶように青年の狂暴をかわす程度の、ほとんど無抵抗な力無き少年たちを殺すのは、青年にとってはとても簡単なことでした。的確に急所を捉えられた少年たちは、ぱっくりと開いた傷口から真っ赤な血液を噴出させて貼りつけた笑みをそのままに糸の切れた人形のように倒れていきます。
そうやって何度少年を殺したのでしょう。気づけば、あちこちに少年の死体が子山のように積み重なり、青年の足元を埋め尽くします。血を浴びた衣服や肌は、生ぬるい感覚と錆びた鉄を含んだ様な生臭い臭気を放って、青年の五感を侵食していきました。
少年たちの死体はどれも愉悦の表情を浮かべ、折れた首や四肢、血に濡れた皮膚を無様にさらして横たわっています。その渇ききって光を亡くした瞳は、全てが青年の姿を映していました。

最後に一人、ぽつんと佇んでいた少年が、心地よさそうに少年たちの死体の上を軽い足取りで歩み、青年の元へと近づいて行きました。
青年はもはや正気とは言えない眼で、その少年を睨み、その後折り重なった少年の死体を睥睨すると、不敵な笑みを浮かべました。

「いいだろう、てめえらの望むとおりにしてやるよ。だが覚えておけ、いつかオレ様が、貴様らを飲み込んでやるからなァ!」

そう叫んで高笑い、目の前に立っている少年を蹴り飛ばしました。するとそれが合図だったかのように、先程まで血の気も失せて力なく横たわっていた少年たちが、一層口元を吊り上げて底気味悪く笑いながら、青年を誘うようにうぞうぞと四肢を蠢かせて体にすり寄り、絡ませ、這わせていきます。その官能的にも見える動きで青年をやんわりと拘束し、青年を果てしなく広がる闇のなかに引きずり込んで、また自分たちも闇に溶け込んでいきました。自らが沈んでいく最中も青年は狂ったようにケタケタと笑い、少年たちも楽しそうにと形容するには歪み過ぎた笑みを返しました。
笑い疲れ、渇いた虚ろな笑みを浮かべて時折小さく震えながら沈んでいく青年が、飲み込まれる寸前、助けを求めるかのように充血した目を見開いて腕を伸ばそうとしたのを、少年たちは見逃しませんでした。
一層おかしそうに笑うと、もがく青年の体に絡みつき、背後から腕を伸ばして何かを叫びかけた口を塞ぎます。声にならない叫びをあげた青年を気にとめることもなく、幼く柔らかい手たちが右目を縦断する大きな傷跡を愛おしそうに撫でまわし、視界を奪いながら、青年の苦痛に歪む表情を覆い隠しながら飲み込んで行きました。

あとに残ったのは、真っ暗な闇だけでした。


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闇に呑まれる盗賊王のお話はずっと書きたくて、これが書きたいが故にブログサイトを始めたと言っても過言ではないくらい書きたかったものです。
しかしこの文体難しすぎて大分詰んでました。サクサク書けるようになりたい。
それにしても長い。


2013.08.07



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