「なっ、夏樹くんごめん! ちょっとこれ以上は……心の準備が」
久々の非番を翌日に控えた金曜の夜。いい感じに酔っ払った名前を自宅に連れてきて、お決まりのDVDなんか見て、結構エロいキスもして。
あわよくばこのまま、なんて下心満載でソファに押し倒してはみたものの。
そんな風に涙目で言われてしまってはこれ以上手の出しようがなかった。
「ごめんごめん、俺めっちゃがっついたわ〜」
さすがに早急すぎたかな?
好きになった子が自分のことを好きになってくれる。それはきっと奇跡みたいな確率で、それだけで十分幸せなことだと理解している。
だけど結局男なんて単純で、欲張りで、とくに性欲が絡むとそれはもう面倒な生き物で、最近顕著になってきた浅ましい欲求と戦うのもそろそろ限界が近いことも事実だ。
「いや私こそごめん……。のこのこ家まで来て今更って感じなのはわかってるんだけど、こういうの久々だから緊張しちゃって」
ほらね? すぐこういう可愛いこと言う。
「名前のペースで大丈夫だから。俺いつまででも待つし」
余裕ぶってカッコつけたこのセリフに、俺はしばらく苦しめられることになった。
***
「はぁ……やばい、エロいことしてぇ」
数週間後の昼休み。机に突っ伏したまま思わず漏らした本音に、隣の席の蒼生さんはあからさまに嫌な顔をした。
「お前仕事中に何言ってんだ?」
「昼休みなんだからいいじゃないですかー」
「…………引くわ」
いやいやいや。むしろ、こうなったのも、好きな子を死ぬほど大事にしているからであって。
ヒーローみたいにカッコいいマトリに囲まれて過ごしている名前が俺を選んでくれたなんて、ただでさえ信じられなくて。
ようやく手に入れたあいつを手放したくないし、嫌われたくもない。叶うならカッコいいところだけを見せていたい。
「だからヤらせてなんて言えないって」
サカってるとか思われたくないし。ていうかもう一度拒否されたら多分立ち直れない。
再度注がれた蒼生さんの冷たい視線を左に感じつつ、お気に入りのサンドイッチを飲みこむのだった。
***
それからしばらくはお互い忙しくて、次に名前に会ったのは3週間もたってからだった。
「夏樹くんごめんね、急に誘っちゃって。仕事大丈夫だった?」
「へーきへーき。ちょうど色々片付いたとこ」
いつものようにジョッキで乾杯して、いつものように話せる範囲の近況報告をし合う。
夏本番を迎えて薄着になった名前を直視するのが気まずいのは、昨日、妄想の中でめちゃくちゃにこいつを抱いたからだ。
「ねー名前さ、そんなカッコで青山さんたちに何か言われない?」
ノースリーブのシャツからのぞく白い腕をじーっと見つめながらそう聞くと、質問の意図を察した名前は少し顔を赤くした。
「オフィスではカーディガン羽織ってるから……」
消え入りそうな声でつけ足された「夏樹くんの前じゃなきゃしないよ」というセリフに頭を抱えそうになった。
「できれば俺以外のヤツがいないところだけにして欲しかったけど……かわいいから許す!」
軽口に少しの本音を乗せて慌てて距離感を調整する。うっかりしたら、強引に部屋まで連れて帰ってしまいそうだ。
***
それから名前の好きなおでん屋に席を移して、しばらく他愛もない話をしてたらあっという間に終電の時間だ。
家まで送って行きたいけど、下心があると思われたら嫌だな〜としばらく逡巡していたら、不意に名前が俺のシャツの袖を掴んで言った。
「あのさ、今日泊まっていかない?」
一瞬飛びかけた理性を全力で引き戻して、名前の手を取って握る。
「ごめん……俺、今お前んち行ったら色々セーブできないと思うから」
するとその手がキュッと握り返されて、
「しなくていいよ。……ちゃんと心の準備してきた」
そう言う名前は耳まで赤くなっていた。
***
名前の家までの道すがら、どんな会話をしてきたかはよく覚えていない。ただとにかく、通い慣れたマンションまでの道のりがやけに遠く感じて、電車のエアコンで冷えた体はいつのまにか汗ばんでいた。
「……っ、なつ、ん……まって、シャワー浴びたい」
「だめ。もう待てない」
玄関のドアが閉まるなり名前を抱き寄せて、キスして、そのまま抱えるように寝室に連行して。
最初こそ抵抗していた名前も、何度目かのキスですっかりその気もなくなったようだった。
「カッコ悪いけどさ、正直そろそろがまんの限界だったから」
何度も思い描いた名前の体は、想像よりもずっと柔らかくて、触れただけで溶けそうなくらい熱かった。
***
「名前ってさ、細いのに意外と胸あるのな」
事後の心地よい気怠さの中で、名前を後ろから抱きしめながら胸の膨らみをフニフニともてあそぶ。
「夏樹くん……ちょっと、いやかなり恥ずかしいんだけど」
「なんで?もう全部見ちゃったじゃない」
「そういう問題じゃなくて!」
身をよじろうとする名前をがっちりホールドして、胸の先端を指で刺激すると、小さな肩がビクッと跳ねた。
「夏樹くん、それだめっ……」
「うわーエロい顔。俺まだ全然できるけど……する?」
「しっ、しないよ!」
ペシペシと俺の太ももを叩く名前の手を取ってキスをして、結局そのあと2回もしちゃったんだけど。
腕の中で眠っている名前の寝顔を眺めながら、この時間が一生つづけばいいなんて、月並みなことを考えた俺は多分、本気でこいつに恋しちゃってるんだと思う。
「変だよな。今まで女の子はみんな一緒だと思ってたのに」
今では名前だけが特別で、世界一愛しくて、知らなかった表情をひとつ知る度に満たされた気持ちになる。
「名前、俺から離れないで」
うなじにかかった髪をかき分けて、そこに唇を寄せた。
白い肌に咲いた薄紅色のしるしを見て、また少し、心が満たされた気がした。
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夢主ちゃんになかなか手を出さなくて悶々とする夏樹くんが見たいです(笑)と、リクエスト頂きました!
ありがとうございました!