※かっこいい及川さんはいません



「及川覚えてんだろ、名前先輩」

「え?」

「ほら、中学んときのマネだよ。1コ上の」

「え……ああ、うん、覚えてるけど」

「昨日久々に会ったんだよ。たまたまこっち戻ってるとかで。お前にも会いたがってた」

岩ちゃんの口から突然飛び出した先輩の名前に、中学時代の苦い思い出が脳裏によみがえった。





あの頃の俺は恋愛の仕方なんかこれっぽっちも知らなくて、どうしたらあの人に振り向いてもらえるかなんて皆目見当もつかなかった。

ただがむしゃらに、まるで、コート上でボールを追うかのように後ろ姿にばかりすがり続けて。
情けないくらいひたむきに、一人の女を追いかけた中学時代。





「キミ、入部希望?バレー部の体育館はこっちよ」

歌うように話す人だと思った。

「あたし、マネージャーの苗字名前。よろしくね、及川くん」

「えっ、なんで俺の名前……」

「有名だもん、キミ。可愛い顔してやらしいプレーするんだって?期待してるよ」

悔しいけど、今思えば一目惚れだった。いたずらっぽいあの笑顔から目が離せなかったのだ。

入部初日にまんまとその人に恋をした俺は、毎日コクって、その度に軽くあしらわれ続けて……。

ようやく先輩が俺の言葉に頷いてくれたのは、彼女の転校を知った日だった。

「先輩!名前先輩……!」

「なによ、及川。怖い顔しちゃって」

「先輩、東京の高校行くってマジすか……?」

「あー、うん。父親の仕事の関係でね」

「……きです」

「え?」

「好きです!先輩が好きです……!」

「あはは、いつも聞いてるって。あたしも好きよ?及川のこと」

「そうじゃなくて……俺の好きは、キスとか、エロいこととかしたいって好きなんだって」

「…………っふ、あはははっ!」

若気の至り。出来ることなら忘れたいくらいダサい告白だった。

岩ちゃんには口を避けても言えないけど、キスもそれ以上の行為も、教えてくれたのは紛れもなく名前先輩だった。

「ねぇ及川、ほんとにするの?」

「しますよ。今更怖くなったんですか?」

「や、私は大丈夫だけど……。及川、したことあんの?」

「…………優しくできるよう善処しますから」

そう、わかった。

余裕そうに微笑む先輩は、悔しいけどすごく綺麗で、ブラウスのボタンを外す指が震えた。

先輩とセックスしたのは後にも先にもあの一度だけ。だけどあの時、俺は先輩にその行為の全てを教えてもらった。

「及川、そんな緊張しないでよ。固いのはここだけでいいんだから」

「ちょっ先輩っ、どこ触って……」

「好きなくせに」

「〜〜〜〜っ!」

指で、舌で、ひと通り気持ちよくしてもらって、それから女の子のいいトコロも全部教えてもらって。

「先輩、もう入れたい……」

「ん。ここ、わかる?そのままゆっくり、ね?」

「……うっ…わ、あっ!」

「あはは、大丈夫。一回コンドーム外してつけなおそ?」

「俺、かっこわる……」

「大丈夫だって。すぐ元気になるでしょ?」

俺の人生で一番カッコ悪かったのが、たぶんあのときだ。

その後もやっぱり最後まで先輩のペースで、結局俺は『付き合ってください』とも言えぬまま、やがて先輩は転校して行った。





「おい、及川?なにボーッとしてんだよ」

「え?あ、ごめん。なんか懐かしくて」

「一週間くらいいるみてぇだから、気が向いたら連絡してくれってさ。これ、先輩の番号」

「ああ、わかった」

今更連絡なんかして、どうなるんだろう?

久しぶり、元気だった?
バレー続けてるんだね。
インターハイ頑張れ。
それじゃあ、またね。

きっとそれだけ。

そうして先輩は何食わぬ顔で東京へ帰って行くんだ。

「こっちは1年も引きずったってのに……」

会えば、きっとまた好きになってしまう。

「悪いけど、今の俺には失恋してる時間なんてないんだよね」

岩ちゃんに貰った番号のメモは、小さく丸めて部室のゴミ箱に捨てた。



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及川くんの筆下ろしを書きたかっただけ

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