いつもと違う天井に、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。

「おはよ、徹」

そうだ、昨日久しぶりに名前が仙台までやって来た。俺は練習終わりに彼女が宿泊するホテルに押しかけて、そのまま泊まり込んだのだ。

「いま何時?」

「8時前。練習午後からだっけ?」

体を起こすと、名前はテキパキと帰り仕度を整えていた。

「うん。ここ、チェックアウト何時?」

「11時」

じゃあ出る前にもう一回ぐらいできるかな、なんて我ながらゲスなことを考えながらシャツを羽織る。

「昨日、観光とかできたの?ごめんね、どこも案内できなくて」

「うん、伊達政宗の像見てきた。こっちこそ急に押しかけてごめんなさい」

「や、それは嬉しかったけどさ」

なんかあったの?
昨日から、何度も聞こうとしたものの、結局言葉にできてない。

名前が仙台へ来ると言いだしたのは本当に唐突だった。





部活が終わったら連絡ください

練習後、部室でケータイを開いて驚いた。
電話もメールもいつも俺からで、こんな風に、名前の方から連絡が欲しいと言ってきたのは初めてだったのだ。

「岩ちゃん!ちょっと今日先帰ってて!」

急いで仕度を済ませると、誰もいなくなった体育館の裏側でそっとダイヤルボタンを押す。

『はい』

「名前?どうかした?」

『あ、ごめんね、電話ありがと』

「いや全然!今部活終わったとこ」

『そっか……お疲れ様』

「珍しいね、名前から連絡欲しいなんて言うの」

『迷惑だった?』

「いや、むしろその逆」

『ふふっ、なんか声聞きたくなっちゃって』

確かに、声を聞くのは久しぶりだった。

『あのね、会いに行ってもいい?』

「……え?」

『遊びに行こうかと思って……宮城』

それから、いつ来るのかという問いに今週末だと答えた名前は、その言葉通り、その週の終わりに仙台までやって来た。





「荷物それだけ?」

「うん、一泊だったし」

「今度は俺が行くから、東京」

「…………」

「名前?」

「……帰りたくないなぁ」

そう呟いた名前の、困ったような笑顔に、胸のあたりがきゅっと締め付けられた。

「やめてよ、帰したくなくなるじゃん」

新幹線で約2時間。その程度の距離も、高校生の俺たちにとってはやっぱり遠い。

「もぉ…ベッド整えたのに、ばかっ…」

結局そのまま名前を押し倒してもう一戦、盛りのついたガキみたいに…って、俺、盛りのついたガキだし仕方ないよね。

「だって4ヶ月ぶりじゃん。4ヶ月分抱いとかないと」

「ばか」

聞き慣れたその一言が、今日はどうしようもなく悲しかった。





「じゃ、気をつけてね」

「うん。もうここでいいから。部活遅れるよ?」

ボストンバックと駅の売店で買ったお土産の紙袋を手渡す。

「それにしても、なんでまた急に来ようと思ったのさ」

バッグを肩にかけながら、名前は少し迷ったような顔をした。

「……あのね、バレーの雑誌に徹が載ってたの」

「…うん?」

あれ、そういえば先月インタビューされたんだっけ。

「クラスのバレー部の子がかっこいいって話してた。徹、性格はともかく顔はいいから、ちょっ心配になっちゃって」

……これは褒められてると思っていいのかな?

「だから、なんというか…」

「及川さんが他の人に取られないか心配で会いに来ちゃったわけだ!」

「……っ!」

名前は赤くなって俯いて、そうだよ、と小さく俯いた。

「かわいいなあ、名前は。俺、今のところ名前とバレー以外には興味ないから」

「ちょっと!やめてよこんなとこで……もう時間だから私行くね」

改札へ向かおうとする名前の腕をつかみ、しっかり閉じ込める。

「今年は東京に行くよ」

インハイ予選はもう目前だ。

「徹の応援行くの、楽しみにしてるから」

頑張れ。

小さく俺の胸を叩いて、それから名前は俺の腕を振り払うようにして改札へと消えて行った。

インハイ予選まであと一ヶ月。今年こそ代表になって、インターハイの大舞台でコートに立ちたい。

「カッコイイとこたくさん見せてあげるから、せいぜい惚れ直すといいよ」





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「おい、駅で女と抱き合ってたって噂になってんぞ」

「うそ!?見られてたの…!?」

「ウチのジャージ着て堂々とイチャついてんじゃねーよクズ川!」

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