長期の休暇が終わって数日の、秋口の放課後である。
 本日も何をするでもない、それでも一応、委員会の体面を保つためだけに集められる学級委員長が一人、黒木庄左ヱ門は濡れ縁をぺたぺたと歩いていた。
 同じ一年生の彦四郎は、校外実習で遅れるという話であった。もしかすれば欠席になるかもしれない。どうせ大した仕事もないのだから、構うまい。
 今日は何の話をしようかと、庄左ヱ門は黙々と考える。
 一年は組を殊の外気に入っている三郎は、常軌を逸した騒動の話に食いつき喜ぶが、今日は話すほどのこともない。しんべヱがくしゃみをし、教室にあった白墨を全て鼻水まみれにしたことと、長距離走中、勝負に向きになった三治郎が道に迷い、授業そっちのけで大捜索が始まったことくらいだ。双方とも早くに決着のついた、日常茶飯事である。
 先輩方の話を聞くのでも悪くない。
 頬を掠める秋色の風に微笑しながら、目的の部屋の前に至り、足を止める。
「失礼します」
 声をかけ、同時に戸を引いた。
「あ」
 勘右衛門と目が合う。
 彼の口には、冗談みたいに真っ白な饅頭がくわえられていた。
「……今日のおやつですか?」
「もぐ」
 呻いた直後、饅頭は落下した。かじり取られた断面からは、乳白色の餡が覗いている。両手で受け止めた食いかけの饅頭を、自分の目の高さに掲げる。
「見〜た〜な〜」
「おいしいですか?」
「おいしいです」
 ぽてり、膝の上へ皿にした手を置き、片手では庄左ヱ門を招きよせる。
「秘密だぞ?」
 言い置いて、膝を寄せてきた庄左ヱ門の耳元へ口を近付けた。
「今日のおやつなんだ」
「さっき聞きました」
「う〜ん、冷静に返すなよ」
 姿勢を戻し、食べかけの部分を右手に、ぱっくり二つに割り取って左手の饅頭を庄左ヱ門へ差し出してきた。
「共犯」
「お断りします」
「先輩の言うことが聞けぬのか〜」
「ぱわはらです〜」
 酒飲みでもあるかのように絡んでくる勘右衛門から距離を取り、きょろり、背後の戸口を振り向く。三郎が来る気配はない。
「来ないよ。五ろは今日、補習なんだ」
「補習?」
 自分たちならともかく、優秀な印象の強い上級生たちには似つかわしくない言葉である。
 ぱちぱち、瞬きする内に、二つに割れた饅頭をそれぞれ両手に持った勘右衛がにんまり笑みを浮かべていく。
「俺たちに負けてな」
「へぇ!」
 素直に驚けばますます得意げに胸を張り、その流れで左手の饅頭を押し付けてきた。今度こそ、庄左ヱ門も饅頭を受け取り、口元へ近付ける。
「彦四郎が来る前に食っちゃえ」
 食い差しの饅頭を頬張りつつ、勘右衛門。
「一年い組は校外実習なんです、長引いたら、委員会には出られないかもって」
「なるほどな」
 それだけ言って、後は大口を開けて饅頭へかぶりついた。
 半分にしても、一年生の片手には余るほど大きな饅頭である。庄左ヱ門も倣ってかじりつけば、口がいっぱいになってしまう。ふわふわと柔らかな生地に包まれた白餡は滑らかで、控えめだが確かに優しげな甘味がある。幸せな心持で饅頭を味わっていると、気付けば思いのほか近くに勘右衛門の顔が迫っていた。
 丸い双眸を半月のように歪め、口の前に人差し指を立てる。
「証拠隠滅だな」
 口の中に残っていた饅頭を飲み込み、残りは当面のところ胸の前で抱え、勘右衛門の顔を覗き込むように背を屈めた。
「共犯ですね」
「その通り」



 くすくすと、忍び笑いが秋の風に溶けていく。




モドル


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