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▼ いち


一般的なマナーとして不用意にファミリーネームを聞いてはいけないし、名乗ってはいけない。なぜなら、帝国の騎士や、傭兵、他の組織の人々は顔を隠し、ファミリーネームで呼び合っているのだから。もし顔を明かした状態でファミリーネームを知られてしまったら、その当人に恨みを持つものに命を狙われてしまう。

騎士は、国を守る為なら人殺しもいとわない。人間でも、エルフでも。騎士だけが殺人を犯しても罪にはならないのだ。
小競り合いは日常茶飯事で、騎士に目をつけられればもう生きてはいけない。逆らう事もできない。騎士とは、絶対無二の存在。

故に、騎士の命を狙う者は多い。
家族を殺された、仲間を殺された、恋人を殺された、そういう者が騎士の素性を調べ上げ暗殺する事件が実際に何件か起きている。騎士を殺せば必ず処刑されるというのに。

そこで騎士たちは、公の場以外甲冑を捨て、旅人のフリをして世界を回っている。自分が騎士であることを隠して、情報を収集し、国の役に立つ為に。

コウガもそのひとりだった。

「たす…け…て…」

首元に剣を突き付け、命を奪う。
許しを請う人間もエルフも、元は同じヒトだというのに気づいたのはいつだっただろうか。

心を失くしたのはいつだろう。
心を取り戻したのはいつだろう。

いや、もうそんなことはどうでもいい。犯した罪が消えるわけではない。
騎士だけが粛清を下せる世界など、間違いではないか。そんな簡単にヒトを殺していいのか。

そんな疑問を持ち始めたのは、つい最近の事だった。だが、自分の運命に逆らう事はできない。もし出来たとしたらそれは、ヒトに命を奪われたとき。

「見つけ次第、消せ。それがシュレーゲル、お前の任務だ」
「了解」

甲冑に身を包んだ大男に、同じく甲冑に身を包んだ少年は跪いて頭を下げる。

なぜその人物を殺さなければならないのか。

そんな疑問は無駄な事だ。
聞いたところで答えてはくれない。
対象を殺せばいい。
ただそれだけ。

いつも通り。
消せばいい。



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