私と彼はただのクラスメイトである。それも、何回会話らしい会話をしたのかわからないレベルの。所謂クラスメイトなのにまともに話したことのないクラスメイトの部類だ。最低限の挨拶に事務的会話―化学の実験中にする会話や家庭科の調理実習でする会話とかとか―しかした記憶がないのである。なので、なぜ私が彼、花宮真と地下室で二人きりで過ごさねばならないのかわからない。友人の域にも達していないギリギリクラスメイトと何故。

件の花宮は、私の座っているベッドの真正面にある椅子に座って本を読んでいる。何の本を読んでいるのか聞いてみたが、タイトルを聞いても内容を簡単に説明してもらっても全くわからなかった。私が馬鹿なんじゃなくて花宮が無駄に難しい本を読んでいるだけだと思うようにした。
そして、私は何故あの時花宮を助けてしまったのかと考えた。まぁ、彼が屋上から飛び降りようとしたところに鉢合わせてしまったので阻止したということなのだが。目の前で飛び降り自殺などされたら、死ぬ人間が誰であろうと気分が悪い。止めるのは人として当たり前。助けることで後悔しているけれど。
そんなこと助けた時には知る由もない。など、まるで漫画やドラマの中だけだと思っていた。あると思っても、私ではないと思っていたのだ。

 


去年。春。高校入学後、私と花宮真と同じクラスになった。頭が良いのか新入生代表として何かを読まされていた気がする。入学式の前日に気になっていたゲームをして寝不足だったので、式中ずっと欠伸を咬み殺すのに必死で覚えていない。話は全然聞いていなかったけれど寝なかっただけで自分の中では高評価だ。そんな中で花宮真をちゃんと認識したのは、教室に戻って必ずさせられる自己紹介の時間でもなかった。この時もまだ眠くて話を半分以上聞いていなかったから。ならばいつなのか。雪の降る年末である。


平均的な点数を期末テストでとったにも関わらず、冬期講習で学校に呼び出されて補習を受けるために人のいない道を歩いて白い息を吐いて学校へと向かう。寒い中、家でこたつでゴロゴロとだらけていたい時間に学校で勉強。これは何の罰なのだろう。高校は義務教育じゃないからこの勉学は義務じゃないからいかなくてもやらなくても良いのだ。ただ、中卒で何ができるのかという壁にぶち当たるからやってるだけのようなもの。追加補習など、罰だ。私は平均点をとって、平凡な家庭の中で平凡に生きて死んでいくのだ。普通が良いのだ。ため息を一つはくとそれは白くなって消えた。

教室につくと軽く点呼をとって補習が始まる。わからないわけではない単元。公式。化学式。黒板を埋めては消されていく文字列をノートに書いては頭に詰め込んで。私は何がしたいのだろう。ため息をつき外を見ると少しだけ白が混ざっていた青はねずみ色が覆っている。そしてはらはらと白い粒が落ちていく。それを見て、早く補習終われと思う気持ちが強くなった。
チャイムが鳴って補習が終われば、急いでシャーペンも消しゴムを筆箱にしまってノートも参考書もカバンに押し込めて教室を早足で出て行く。ガタガタと机にぶつかって痛かった。

「次もまだあるよ?」
「私、今日の補習さっきのだけだから。またね!」

手を振り、向かう先は屋上。こんな寒い中屋上に行く生徒なんていない。それに、普段鍵がかかっているので入ろうと思っても行けない。私は勝手に鍵を拝借してスペアを作ったからいつでも入れる。これは世間様では犯罪になるのだろうか。
階段を上りきって鍵を差し込んで回すと、がちゃん、と逆に鍵がかかった。前回入った時に鍵をかけ忘れてしまったのか、それとも先約がいたのだろうか。誰だろう。鍵を開け油の切れかかった重苦しい音を立てて扉を開く。開ききれば雪の降るだだっ広い空間。まだ雪は積もってはいない。地についてはその姿をとかしコンクリートを冷やしていく。その中で見たもの。

それが花宮真だった。


 

クラスメイトの後ろ姿くらいは、まぁ、見覚えはある。鍵がかかっており入ることのできない屋上にはフェンスなんてものは無く、屋上へ入れればいつでもそこから飛び降りれるのだ。死ねるのだ。彼は屋上の淵から1mほどの場所にたって空を見上げていた。灰色な雲が覆い隠す空を。その姿を見て、彼は飛び降りて死ぬのだろうかと思った。退屈な平凡な世界を捨てるのだろうか。彼にも退屈なのだろうか。
彼が一歩。もう一歩と、外へと歩を進めるのを見て、勢いよく彼の背中に体当たりをすると共にぎゅっと力強く抱きしめた。その勢いで逆に向こう側へと落ちてしまうなどどいう考えもなく。私よりも長く外にいたはずなのに、抱きついた背中から伝わる熱は私のものとあまり大差なく、暖かかった。

「死んじゃダメだよ」
「は?」
「どれだけこの世界が平凡で退屈で残酷だったとしても、まだ見ぬ未来は楽しいんだって思えばなんとなく頑張ろうかっていう思いにもなれるし、平和な世の中から波乱の惨劇を見て自分は幸せなんだって思えば今自分を取り巻いている世界だってマシなものにも思えるし。何があったのか知らないし、知ろうとも思わないけど。それでも、君は死んじゃいけないんだって私はわかるよ。君は私みたいな平凡なただの人間とは違うんだってわかるよ、だから君は生きてこの世界を打破して何かを作り上げないといけないんだよ。そのためには生きなきゃいけないから死んじゃダメだよ、生きるんだよ!」

言い終わっても彼の反応もなくそのまま抱きついたままいると、彼はふはっと笑った。私の言葉に何処か笑うとこはあっただろうか。焦ってめちゃくちゃなことを言ったような気にもなるけど、もう何を言ったのかわからないレベルなので、もう色々とわけがわからなさすぎて泣けてくる。泣かないけど。声をかけようにも笑いをこらえながらも震えてるこの状態になんてかければ良いのかわからず、とりあえずは笑う彼から離れてみた。もう何なんだろう。花宮は飛び降りようとしてたわけじゃないということなのか。
先ほどまで補習で頭を使っていたから今もまた使いたくないと頭を抱えていると、「花宮」と彼を呼ぶ声がした。その声は屋上の入口からで、振り返るとガラの悪そうな人が居て死んだ目の人も居る。花宮と彼らのつながりはなんだろうか。
まだ笑っていた花宮は、そのまま笑いながら彼らと屋上を私を残したまま去っていった。私には何も言わず。この放置状態はなんなんだろう。笑う理由も屋上にいた理由も何もわからないまま、うっすら雪を積もらせたカバンを拾って私も屋上をあとにした。


これが記憶最初の花宮真とのファーストコンタクトである。


 

あの日から何かがあったわけでもなく。本当にそれまで通りの日常を過ごした。季節が変わり、学年が上がって桜が咲き、雨が降り、海を眺め、ひまわりを見上げ、紅葉並木を歩き。屋上に何度も行っても花宮は一度も居なかった。他国の神の誕生日を祝って、年をまたぎ。始業式で校長の内容なんてない挨拶を聞いて。課題の提出をして、もう帰るだけ。という時に花宮に声をかけられた。同じクラスになったのに、タイミングを失いまくっていたから、なんだか、ちょっぴり、嬉しかった。のに。


「なあ」
「……何?」
「時間あるか?」
「あるといえばあるよ」

これが、いけなかったのだ。ないと言っておけば。

それは良かった。と、花宮は人の良い微笑みを浮かべ、私の手を引いて周りの声をもろともせずに歩き出した。何処に行くの?と聞いても、黙ってついてこいと言った。猫かぶりしてたんだ…と歩きながら思った。どれほど普段から花宮を見てたようで見てなかったのか理解した。カバンは机の上で、引かれた反動でカバンの中身が散らばったのだけ視界の端で捉えていた。


 

連れてこられたのは徒歩圏内にある家。何分歩いたかはわからないけど。表札を見る時間もなく家の中に入れられ、階段を下り、とある部屋へと押し込まれた。一般家庭に地下室なんてあるものなのか?普通はない。なら、きっと、ここは一般家庭の家じゃないのだろう。なんともわかりやすい。
花宮は私を部屋に押し込んだあと扉に鍵をかけて何処かへ行ってしまった。ちなみに、「黙ってついてこい」からここまで一言も会話はしていない。声はかけたが何も答えてはくれなかった。家、部屋に入るときも無言だった。やめてほしい。
静かな部屋に一人。ぽつん、と。部屋を見回ってみると、この地下室はまるで1Kの部屋みたいで一通りのものは揃っていた。流し、コンロに冷蔵庫。お風呂にトイレにベッド。小さなテーブルと椅子。完全に一人暮らしの大学生の部屋な気がする。地下室だけど。ないものは冷暖房とテレビくらい。地下室だし。
こんな地下室で何をするのか。同棲ごっこでもするのだろうか。まさか、と笑っていたらガチャりと音がして花宮が戻ってきた。

「おかえり」
「…………」
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
「そう」


よくわからない反応をよくわからないままにスルーし、なんとなしにベッドに座る。思っていた以上にふかふかで体が沈み、こてんと後ろに倒れた。色々あったような気がしてもうなんだかこのまま寝れそうな気がする。制服がシワだらけになってしまうけど。でも、監禁っぽいからもう学校に行かないとなるとシワシワになっても構わないのか。なんて思う。


「このまま、寝て起きたら自分の部屋だったよ、夢オチ!とかないのかな…」
「あると思ってんのか」
「現実確定なの?」
「リアリティありすぎな夢だな」
「ありすぎて夢だと思いたいんだよ」


数秒目を閉じて開いて見ても、見えるのは地下室の天井。残念だ。この間も花宮は、私の居るベッド正面にある椅子で本を読んでいる。何の本を読んでいるのか聞いてみたけれど、タイトルを聞いても内容を簡単に説明してもらっても全くわからなかった。大丈夫、これは私が馬鹿なんじゃなくて花宮が無駄に難しい本を読んでいるだけだ。諦めるともう何もかもどうでも良くなってきてしまった。


 

それから、普通といえば普通に何日か過ごした。本当に普通だ。部屋から出れない以外は。本を読んで、会話して。ご飯食べて寝て起きて。教科書もノートもないから勉強のしようはなかった。ちなみに、鍵は部屋の中の方に鍵穴がある。中なのに外のように。鍵は花宮が持ってるようだった。私が起きてる間に部屋を出ていくことはなかったから。
本当に私はなぜ花宮と一緒に監禁されているのだろう。ヤンデレ的な意味で監禁されているのか、ただ嫌いで拷問的な意味で監禁しているのか。何かされるというわけでもなかったのだ。強姦されるわけでもなければ折檻されるようなこともない。
ただ、地下室で一緒に寝起きして飲食も共にする。これだけだ。ますます意味がわからない。何を思ってるのかも、考えてるのかも教えてくれない。ここに連れてきた理由も監禁も何も理由がわからない。


だから、今この状況についても何を聞いても答えてくれないのだろう。



 

すっと、視線を向けられている包丁へと移動させる。鈍く光る刃先が、私を逃さないように睨みつけているようだ。花宮はこの、野菜も肉も魚も色んな食材を切ってきた包丁を私に向けて何がしたいんだろう。使用方法なんて刺すか切るしかないのに。人が人に包丁を向けるなんて理由はひとつしかないじゃないか。どんな思いかは千差万別だけど。花宮は私を殺したいのか。

「私を、殺すの?」
まっすぐ、花宮を見据えて問う。ぴくりとも表情を変えずに花宮は答えた。
「いや。俺は、お前を殺さない。殺すために向けてるんじゃねぇよ」


それを聞いて安堵した。安堵した瞬間、ポロリと涙が零れた。本当に安堵したのかわからないけれど、涙がこぼれたのは本当のことで。そこにどんな感情があったとしても。殺さなくても傷つけることくらいはするんだろうね、と思ってしまったから、更に涙がポロポロと溢れてくる。もうなんだろう。
泣くな、なんて優しい言葉を口にすることもなく、彼の手によって私の視界がさえぎられた。暗い視界の中で、触れる指が暖かくて、余計に泣きたかった。泣いたところで何も変わらないのに。もう自分のためだけに泣きちらして泣き喚いて。実際のところ、此処に居ることに相当参っているのだ。
そうでしょう?誤解ながらも助けて、1年越しに何かあるかと思えば地下室に監禁されて刃物を向けられているのだ。こんな状況で精神的に参らないなんて、どんな人間だ。救いなど、ない。ないものはないのだ。ない物を乞うように声を上げて泣いた。視界なんてぐちゃぐちゃだ。


「お前が。俺を。殺すんだよ、バァカ」
「……え?」


聞き間違いかと思って聞き返すも、にやりと笑ったままの花宮。空を掴んでいたはずの私の手にはさっきまで花宮が握っていた包丁がぐにゃりと歪んで見えた。どういうことだろうか。驚きすぎると涙も引っ込むということを身をもって証明させられた感じになる。先程までボロボロをこぼれ落ちる涙は今は1滴もでてこない。
私が、花宮を、殺す?どうやって?何のために?どうして?なぜ?


「どうして?」
「俺のため」
「花宮を殺して、花宮に何の得になるの?私がただの人殺しになるだけじゃない」
「それなら、俺が死んだあとにお前も死ねば良い。真実がどうあれ世間から見ればただの心中で終わる。お前は人殺しにもならねぇし、俺は俺で死ねる」
「私は死にたくも殺したくもないの!」
「どうせ。この部屋から出ねぇ限り待ってる未来なんざ死しかねぇんだよ、バァカ」


そうだ、と理解する前に与えられた感触に目を見張る。心なしか先ほどより花宮が近い。いや、普通に距離が縮まっているんだ。脳も思考も理解を拒否する。形容したくない感覚。いやだ、いやだ。嫌だ!!すべてを拒否した私の意識が黒に染まると同時に、彼は此処で見てきた中で一番良い表情で笑った。口の端からどろり、と血を流して。あぁ、さよならなんだ。と消える意識の端で思った。




 

パチリ、と瞼を開けて。周りをぐるりと見て。見慣れた景色に何とも言えない気持ちになる。
変わった夢を見たよ!って1階に下りて朝ご飯を作ってるお母さんに報告をする。学校へ行って教室で固まって談笑してる友達に笑って話して。夢に出てきた張本人の花宮に嫌な顔をされながらこんな夢見たよ、なんて笑って。笑って変だねって笑って。笑って。笑えたら、どれだけ良かったことか。
隣で眠っているだけのように見える花宮を見て、今度は誰も拭ってくれない涙を流した。








to DAD/'13/07/24//title by 福沢結羽
指定文章="泣くな、なんて優しい言葉を口にすることもなく、彼の手によって私の視界がさえぎられた。" by 風月琴羽


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