何をしてても過ぎ行く時間の中。
過去はあくまで過去であり、今を構成している一部にしか過ぎない。





[平凡で非凡なある家の日常の一部]





「…ただいま」
玄関を開けて義務的に帰宅の言葉を言い靴を脱ぐ。揃えるなんて可愛げのあることはしない。あとでそのことについて注意はされるが、半ば相手も諦め半分なのでどうってこともない。とりあえず、帰ったと言うことを基本住人が揃っているリビングへと向かう。履きならしたスリッパがペタペタと音を廊下に響かせる。帰ってきたと安心してしまう間抜けな音だ。リビングの前に来てドア1枚隔てて声が聞こえる。


「ねぇ、どうすれば良いかな?何選んだらいいかな?」
「そうねぇ」


自分の知らない女の声と千歳の声だった。互いに一定以上深く干渉しないことをルールとしている。そのために誰が訪ねてこようと構わない。干渉しなければ。尤も事前に言っておけばいいだけの事。今回は知らされていないが。突然の訪問と言うことか。自分も乃杏も今日は出かけると言っていたため家に入れても大丈夫と判断したのだろう。他人に会うのがメンドクサイ。後で帰ってきてたって伝えれば良いだろう。自分はドアを開けることをやめて自室へと足を向けようとした。


「モノ自体は何でも良いんじゃないかな?」
「え!?それが一番困る返答だよ…!」
「だって、」


聞こえる会話に足を止める。あぁ、その先の言葉は知っている。自分も前に一度言われたことがある。後輩の誕生日プレゼントを選ぶ時だ。物欲のない子だった。欲しいものを聞けば何でも良い、逆に欲しくないものを聞いても特にないだった。困った自分は千歳に相談した。何を選べば、何を贈れば良いのか、と。


「自分のことを思って選んでくれたものなら、何でも嬉しいものじゃない?大切なのは渡す物ではなく、ともに渡す想いよ」


きっと、この言葉を言いつつ千歳は微笑んでいるのだろう。自分に全く同じ言葉を言った時と同じように。千歳はまるで自分にとっては母親だった。それでいて姉のようだった。時折見せる顔は只の道ですれ違うだけの他人のようだった。遠すぎない、けれど、近すぎるわけでもない。共に居て居心地の良い距離感。だからなのか迷った時は一番に相談してしまう。自分が欲しかった言葉をくれるから。まるで心を読んでいるかのように欲しかった言葉を的確にくれる。


「そっか!千歳ちゃんありがとう!」
「良いのよ。楽しんでプレゼント選んでね」
「うん!本当にありがとう、いってきます!」


バタバタと走る音がする。ガチャリとドアが開き、リビングを出て相談に来ていた女は出て行った。裏口から。何故裏口。玄関からでは何か都合が悪かったのか。何でも良いが。まぁ、確かに玄関には他人の靴はなかった。音を立てずにリビングのドアを開ける。ソファに一人座っている千歳の頭が見えた。何を考えているのか。流石に自分は他人の考えていること思っていることなど分からない。



「…誕生日を忘れられた女の自己防衛思考」
「陽うっさい」


きっといつもの如く会話を聞いていたことくらい知っていただろう。帰ってきていたことも、リビングに入ったことも。千歳に敵う日なんて来ないと思うし敵いたいと思うこともきっとないだろう。千歳は何でも知っている。全部見てきたかのように過去も未来も。隠し事なんてできない。隠そうと思うだけ無駄なのだ。まぁ、本当に隠したいと思うようなことには触れてこないが。


「まぁ、それでも…。想いってのは嬉しいもんだな」
「…でしょう?」
「全てが移りゆく中で、その時だけは確かに存在するもんだからな」


ドカッと乱暴に千歳と少し距離を置いてソファに座れば普通に座りなさいよって怒られた。まるで母親だ。なんて思ったら、せめて姉って言ってよね、なんて千歳が言うから
マジで心読めてんじゃね?ってなった。


「…僕的には“これからの時間”が欲しいですね」
「乃杏!?いつの間に…。っていうか、それプロポーズみたいなもんだからな。くれなかったら悲しすぎるし、贈って受け取ってもらえなかったらさらに悲しいからな。泣くぞ」


いつの間にか帰ってきてたらしい乃杏が後ろから会話に入ってきた。ちょっとだけ吃驚した…。どのタイミングで帰宅したんだよ…玄関音しなかったよな。
時間、か。人生80年と言う完全に限られた中の時間。その時間を差し出す。本当に相手のことを思っていないと渡すことなんてできないな。まだ一人で気軽にしていたい。自由にしていたい。捕らわれたくない。


「時間も良いわよね」


千歳がポツリと呟いた。悲しそうに言ったその言葉に自分は何も言えなかった。自分たちには過去のことを千歳は語ろうとはしなかった。その過去に何があったのか知らないのだ。何か言えるわけもない。


「あの子もこれから先、いくらでも時間があるのだもん。何十年と言う永い時を生きていくのよね。永遠を願うこともあるでしょう。願っても、願っても、永遠など無くて絶望する時もあるかもね。それでも、生きたいと、彼方とならそんな時間をも生きたいと、想える相手が出来てくれたことだけでも嬉しいものよ」


あの子はきっと相談に来てた子のことなのだろう。全てを見てきて絶望をも知ってるから出てくるのかもしれないその言葉が重く苦しかった。

願えば願うほど手に入れれるのではないかと言う錯覚。糸が切れ、この体がいつか砂となり、全て形を残さなくなっても、想いであれば。死にゆく自分がこれから生きるのは思いを渡した人間の記憶の中だけなのだ。いつかその記憶も消えて本当に死を迎えてしまうだろうけれど、それでも、肉体は滅びても尚更なる時間を願ってしまう。



「……」
「……」


ちらり、とソファから顔をのぞかせている乃杏の顔を見る。いつも通り目は見えないが、きっと同じことを考えているのだろう。ふっと口角だけを上げた。

「よっし!千歳、今日は飲むぞ!」
「え?」
「これまでの記憶も想いも僕たちにくださいよ、千歳さんは今までもこれからも一人じゃないんですからね」
「ってなると、朝まで飲み明かすぞ!」
「おー!」


千歳が少し驚いた顔をしたがそんなのお構いなしだ。寧ろ、驚いた顔を見れて万歳、ざまぁみろ!って思ってる自分が居る。本人は過去の思いも苦しみも全部自分だけで背負って生くつもりだったんだろう。独りなのと何に変わりも無い。何のために一緒の家に住んでるのか。決してそんなことさせない。

乃杏と二人でおー!と気合を入れてリビングにあるテーブルの上を片付ける。確か、お酒は缶だったけど酎ハイもビールもカクテルもなんでもあったはずだ。リキュールも戸棚にあったような気もする。台所へ取りに行こうとしてちらりと千歳を見ると(いっちょまえに気を使ってからに)なんて言いたそうな顔でこちらを見ていた。目が合って笑顔を飛ばした。



「今日くらい幾らでも飲めな!」
「そうですよ、何もかも忘れるくらい飲んでくださいね」
「ふふ、二人とも覚悟しなさいね!!」



一緒になって千歳も乃杏も笑っている。久しぶりに千歳の笑った顔見た。過去のことも忘れるくらいに今を楽しめれば良い。君がもっと笑顔になれば良い。



【君には自分たちが居るんだから!】




(…でも、私ザルな上にあんたたち二人未成年じゃない)
((!!!!))(…成人組呼ぶか?)(呼んだら千歳さんが自動的に介抱役に回りますよ…)
(…だよなー…。しくった)(今日くらい甘えて飲みまくらせてもらうわよ)




よくわかんない感じに…。とりま、主3人の絡みを書きたかっただけ。
*千歳・陽・乃杏がホームシェアしてる設定だったですよ。後々書くなら主全員でホームシェアにするがな!大家族、わっほい!



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