卒業式、なんて。特に何から卒業するのか明確ではなく。ただ、みんなと慣れ親しんだ学校を去っていくだけ。ここはもう自分たちの場所ではないのだと、世間的にも、標す為だけの。あぁ、なんて。なんて――。







椅子に座ってつま先を見つめる。履き古して今日でもう履くこともないだろう上履きが寂しそうにしてるように見えた。洗っても落ちきらない汚れがたくさんだ。ごめんね、なんて思う。もしかしたらきっと家でスリッパ代わりに履くかもしれないなー、なんて思ってると、ガララとドアが開いた。視線を移して入ってきた人物を見る。私が呼び出した人だ。来てくれた、と少し安心した。安心して、緊張もした。


「待たせた」
「ううん、大丈夫だよ」


まだまだ式が終わり、最後のHRも終わって学校全体ががやがやと賑わいを見せている。別れを惜しみ友人たちと抱き合ってわいわいと騒いでいた。私の友人たちは既に学校を後にしているので、一人使われていない教室に居た。使われていない、と言ってもこの間まで補講は行われていた教室で埃は積もってない。少しはチョークの粉なんかが黒板の周りに残っているけど。それがまた最後を感じさせなくて。まだ明日もここで補講があるんじゃないかって思う。あるわけがないのに。ありはしないのに。可能性が1%も残ってはいないのに。


「最後に、話がしたかったの」


座っていた椅子から立つと、ガタガタと聞きなれた音を立てた。この音も聞納めなのかなぁ。感傷的になるのは、雰囲気に飲まれているだけだ。今日の雰囲気は、恐ろしい。飲み込まれて飲み込まれて逃げることなど出来なくなってるだけだ。


「まだ最後やて決まったわけや無か」
「ううん、最後だよ。明日から海外生活なの。留学というよりかは引越しかな」


私はいつものように笑った。つもりだった。悲しくはない、新しい生活がみんなと同じで始まるのだ。悲しいわけがない。古いものを捨てなければ新しいものは手に入らない。だから、ここに君との過去もおいていくのだ。彼は笑った私の顔を見て、少し目を見開いた。でも直ぐにいつものきりっとした目に戻った。眉間に少しシワが形成されているけれど、いつもの彼だ。彼は今日もいつもと同じなのだ。いつもと違うのは私だけだ。取り残された感じ。仕方ない、今日は……卒業式、だ。


「だからね、最後。最後だから、どうしても話がしたかった」
「日本に居ったら良かね。そげな顔するんなら、此処に居ったら良か」
「まだね、私は両親の人形だから、無理なんだよ」
「……っ」


どうして、私より彼が悲しそうな表情を浮かべるのだろう。普通ならば私がもっと苦痛を浮かべて笑わねばならないのに。私は親の敷いたレールの上を進むだけで良いのだ。優柔不断な私にはちょうどいいのかもしれない。いや、子供の頃からずっとレールの上にしか居なかったから、自分で決めることができなくなったのだ。こうなることを両親は予測してて、望んでいて、育ててきたのかな。

彼を見て、ちゃんと笑う。向かいの棟でわっと笑いが起きた。誰もが惜しんで、楽しんでる。私は、今を楽しめているだろうか。まるで切り取られ、ここだけが別の流れをしてるみたいだった。本当に別の流れになって、何処かへ違うところに着いたりしないだろうか。


「1年の時からずっとクラスが一緒で、楽しかったよ。」


本当に。この学校生活3年間が違ってた。この学校を選んでよかったって、心の底から思える。いい友達にも巡り合えたし。もう帰っちゃってるけど。でも、帰る前にプレゼントももらった。寒いだろうからって、マフラーと手袋に帽子に耳あて。全員で合わせて揃えたって言ってた。とても嬉しかった。


「体育祭の応援団長かっこよかったね、白状すると写真買っちゃた。他の子には内緒ね。もちろん後輩君にも。応援合戦は勝ったけど、班対抗は負けちゃったね。ごめんね、運動全般苦手で。もうちょっと頑張れたかもしれなかったのにね」


私は笑顔を浮かべたまま。崩れた笑顔のまま。
きっと、勝っても負けても関係はなかっただろうけど。みんなで何かを競って、それを楽しんで。だたのカリキュラムの一環なのだろうけど。私を含めた運動の苦手な子には迷惑な話だ。


「球技大会は男子は優勝して。カズくんは胴上げまでされてて。クラスで応援したのも、打ち上げって言って先生にジュースおごってもらって。あ、無失点てうちのクラスだけだったんだよ、知ってた?」


本当は自分が所属してる部活の種目に出てはダメだったのかもしれないけど、部活には入ってなくてクラブチームに所属してたから、問題ないだろって、サッカーのゴールキーパーに指名されて。見事に無失点に抑えて優勝してしまった。流石だ。シュートを止める度に、息が詰まった。ゴール前からDFやFWに指示飛ばして、叫んで、その声に心臓が握りつぶされそうになった。あの時に私は死んでしまうんじゃないかと思った。


「文化祭もね、サッカー選抜の方が忙しくてまともに準備手伝いもできなかったけど、それでも、何か楽しそうにしてて嬉しかった。一緒に見て回れたし。2年生の舞台はちゃんと見れなかったけど、今年は模擬店でわたあめも作れちゃったし。すごいね、理系の子って。私文系だから、未だにあの装置?って言っていいのかな?の仕組みわかってないもん」


空き缶がぐるぐると回ってわたあめがもわもわと出てきてた。私はそれを見て、すごい!すごいね!って騒いでた。ちょっとカズくんは呆れてたけど。子供っぽいとは前から言われてたけど。それを肯定してしまった。余った金券の換金を忘れたけど、一年ごとにデザインが変わる金券が手元に残るのも、良いんだ、これも欠片だ。ジワリと、視界が歪む。ちゃんと顔が見れない。


「校外学習って、名前の遠足も楽しかった。カズくんの班と私の班で合流して回って。みんなでアイスや豆大福なんてものも食べて、そこら辺にいた鳩を追い掛け回して。カズくんが鳩が苦手って普段ならわからなかったこともわかれたし。」


鳩の話をすると彼はまた眉間にしわを寄せた、と思う。滲む視界ではっきりとは見えない。でも、きっとそうだ。まぁ、嫌いなものの話だし、彼にとっては嫌な歴史かもしれないし。校外学習はそれこそ近場というほど近くもなかったけど、ハウステンボスだったし。花壇の花が綺麗だった。写真だってたくさん撮った。古めかしいアルバムの何頁を学校生活で使っているのか。


「写生大会は…風邪で休んじゃったからなぁ…。みんな楽しそうだった?やっぱりちょっと嫌だった?文化祭の時に体育館に張り出されちゃうもんね、あれって。絵苦手なのが丸分かりだよね。私あんまり上手じゃないからよかったといえば良かったかもしんない」


一学期の終わりにあって、私は毎年この直前に風邪をひいた。どうしてひいてしまうのかこれも未だにわからない。ずる休みだなんて言われてしまうのも仕方なかった。その後の美術の時間は何をしていいのかよくわからなくて、一人別の絵を描かされていたような気がする。美術は苦手だったから得したような損したような気分になってた。申し訳なくて張り出されてる絵を見れなくて、カズくんが上手いのか下手なのか画伯なのか普通なのかはわからない。今思うと見ておけばよかったと思う。


「全部全部、行事も、ただのテストも、授業も。全部。カズくんが居たから、すごく、すっごく楽しかった。これ以上の学校生活はないんじゃないかって、今ででも思う。多分、向こうに行っても、この三年間を超えるようなことは起きないと思う」


だって、カズくんがいない。いない。誰も、いない。この思い出も全部一人じゃなかった。カズ君も友だちも後輩もみんな居たから出来たものだ。向こうに行っても、新しい友達はできるだろうけど。カズくんは居ないのだ。言葉にしたら塞き止められていたはずの涙が、必死にこぼさないようにしてた涙が、抑えきれずにボロボロと落ち始めた。滲んで歪んで落ちて。ブレザーの袖口で不格好に拭う。塗られたファンデーションがべっとりとついて濃紺が色を変える。最後の最後までなんかみっともない。



どうして、彼はココまで何も言わずに私の言葉を聞いてくれてるのだろうか。既に会話でもなく、私の独白的な語りだ。途中で遮ることなんて簡単だったはずで。そこに何があったのか。どんな顔をしてこの言葉の羅列たちを聞いていたのか。涙を拭いに拭って彼をちゃんと視界に収めれば


「ふっ、なんでカズくん顔真っ赤なの?」
「……っ、せからしか!きさんが変なことばっか言うからじゃ!」
「へんじゃないよ、全部ホントのことだもん」


耳まで真っ赤だ。あんだけ出てきていた涙も一瞬にして引っ込んだ。そして、こんなことで笑えた。偉大だなぁ…。子供みたいに泣いたのが何かおかしくって笑ったら、なして笑っとうね、こんアホ!って怒られて。泣いてるよりは良いとは思ったのに。でも、顔がまだ赤いからいつも以上に怖さはなくて。また笑いそうになったけど、また怒るんだろうなと思ったからこらえたけど、それでも笑って。意味も分からず、勝手にせろ!なんて怒られて。いつもと一緒の日常だ、なんて考えて。本当、どうして今日は卒業式で、終わりなんだろうか。



笑って、笑って、さっき話さなかった思い出も一緒に話して笑って。そんなに時間も経ってなかったのに最後の楽しい時間の終わりを告げるように携帯が鳴った。時間を見ると、あぁ、と。これで、ともに教室を出ていけば終わりなのだ。最後なのだから。最後なの、だ、から。


「最後に笑えて良かった。ありがとう」
「……おう」
「どうか、元気で」


まだもう少しノスタルジックとは違うけれど、余韻というか感傷に浸っていたくて動けずにいたらカズくんが先に戻っていく。その後ろ姿に、「ばいばい」と手を振った。彼は手を振り返してはくれなかったけど、振り返って小さくコクリと頷いてから、「またな。」と言ってくれた。
“また”があるかわからないけれど、カズくんが言ってくれるから、きっとあってくれるような気がした。いや。きっとあるんだ。まだまだ私の考えもつかないようなところで、みんなと繋がっているんだ。



それでも、彼が出ていってまた一人となった教室で。再びポロポロと涙をこぼした。








Memorieさよなら








「なんて、ことばあったな」
「……言わないで」


私の隣に立ってるカズくんが懐かしそうに笑って話す。それを聞いてた私の方が今度は真っ赤だ。小さく掌でパタパタと顔を仰ぐ。すこし、あつい。
それでも、こうやって“また”会えて“また”笑っていられることに感謝している。
そして、私は新たにココから卒業して、飛び立つのだ。一人ぼっちで歩いていかなければならない細く細く崩れてしまいそうで真っ暗な場所から。カズ君の隣で共に並んで笑って歩いていけるしっかりした光り輝く場所へと。

今、私の手の中にあるブーケは、好きな花で見事に彩られていて。教会の鐘が大きく鳴り響いた。







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