君を表す言葉があるだろうか、と





「君は私のことをなんと呼んでいたかな?」

その問いかけに、名前だろ?と返して彼はそのまま昼食のパンをほうばった。


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名前だろ?。だろ?ということはそれほど呼んだ記憶がないと言うことだろうか。いや、私と彼が会話すると言うことが珍しい。不思議に納得できてしまう。互いにあまり名前を呼ばない。名前を知らないというわけではないのに。


「酷いな。あまり私の名前は印象にないと言うことだろうか」
「そう言うが、逆に俺のことなんて呼んでたっけ?」


ふと、そう言われて考えてみた。何処まで記憶をたどっても私が彼の名前を呼んだ場面が出てこない。周りの人間が呼んだ場面はいくらでも出てくるのに。そうなると、私自身彼のことを名前で呼んだことがなかったようだ。いや、意識して彼自身のことを呼ばなかったように思う。


「名前や固有名詞では呼んでなかった、ね」
「俺より酷いだろ、それ」
「全くだ、申し訳ない」


特に謝罪の意を込めていないが謝罪の言葉を口にする。うむ、苦しゅうない。などと会話が続いているのか怪しい台詞を彼は続けた。多分まともに聞いていないのだろう。そういうやつだ、彼は。

よくよく考えてみる。他の女の子達のように「榛名君」と呼ぶほど親しいことも無い。基本はこの「榛名くん」なのだろうが。言う自分を想像すると気持ち悪い。「榛名」なんていうまでも無く。かと言って「元希」「元希くん」なんて下の名前なんて更におかしい。「榛名君」の時点でアウトなのだ。他の名前の呼び方が正しいように思えることなんて無いだろう。
「榛名元希」とフルネームで呼ぶのが一番なじんでしまうように思う。同姓同名ならば全国探せば居るだろうが、高校2年生で野球をしていてピッチャーで投球にもこだわりがあるらしい榛名元希は私の目の前で何事もないようにパンを食している彼だけだろう。


「まるで私達の関係のようね」
「どういうことだ?」
「適切な名称を持ち合わせていない、ってこと」
「ふーん。そんな感じか」


わかっているのか、わかっていないのか。理解してるとは思えない。心の中で一人溜息をつく。そんな感じもどんな感じだ。私もわからなさすぎてあってるのかわからないが。そのまま彼は普通にパンを租借して嚥下を繰り返した。私はただその間も机に置かれたままの弁当のおかずを食べるわけでもなく箸でつついていた。

顔は見知っているけれど知り合いではないし、学校は同じだけれどクラスは同じになったことは無い。一応同学年だけれど、友達でも親友でも、ましてや恋人でもない。顔見知りが一番近いのかもしれないけれど、この顔見知りにしては親しい。名前も知っているし。でも、友人じゃない。知り合いじゃない。家族でも親戚でも縁戚ですらない。
この関係に名称をつけることが果たして出来るだろうか。


「なら、言い表せれる関係になれば良いんじゃねぇの?」
「は?どういう」


こと、までと言い終わるまでに頬に触れた何かを理解しまいと頭を振るう。理解してはいけないことだ。何事もなかったように笑って、自分はもう食べ終わって暇なのか別の話題を提供してくる彼の言葉に、大きな反応を見せず口角を上げて私はまた弁当のおかずをつついた。あぁ、どうして今日に限って誰も来ないんだろう。このまま二人きりにして私を殺す気だろうか。




(ほら、名前を呼べよ)





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