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久しぶりに来た学校は思ってた以上に窮屈で。教室に居ると窒息しそうなくらいに息苦しかった。だから逃げ出したくなった。から、逃げた。自分は逃げて逃げて、屋上の給水タンクの影で寝転んでいる。
学園の敷地、校舎の中で一番高いところ。一番空気が澄んでいるところ。一番、風の通りが良いところだから。
吹き抜ける風が、自分を少しずつ綺麗にしてくれるような錯覚すらしてくるから好きだった。穢れて穢れて汚くなっていく自分を、ちょっとだけでも、元の自分に戻したくて。何も変わってないことを分かっていても錯覚ですら頼るために。もう、もとの自分がそんなのだったのか欠片も覚えていないけれど。幻でも綺麗になれるなら、と。


「陽はこんなところで何してるの?」
「…いや、何も。何時も通りサボりかな」


ギィと、油の切れかけた扉が開いて閉まる独特の音を聞いて数十秒後に頭の上から降ってきた声に、少しだけ、少しだけ困惑した。わかってるのに、わからないフリをしてくれる。


「そう、なら良いわ」
「意味わかんないって」


いつもの陽なら息、って答えそうじゃない。って笑って千歳が自分の隣に座った。スカート汚れるぞ?と言うとあんたも制服汚れてるわよなんて言った。
一拍置いて何故か二人で笑った。
風が自分と千歳の間を駆け抜けると決まっていたわけでもないのに笑い声が切れて、校庭から授業中の生徒の掛け声や学園近辺の建物から響いてくる音だけが耳に届いてきた。普通の日なら聞くことの出来ない音ばかりだ。耳を澄ませる時間も最近は作れていなかったと思う。


「よく自分が屋上のここに居るってわかったな」
「あたりまえでしょ。一体何年陽と一緒に居ると思ってるわけ?」
「何年だったかもう忘れたよ」


自分が学園の何処に居たって千歳はすぐに自分を見つけてくれた。サボってる時に連れ帰るために見つけられたりされると、たまにほっといてくれって思うけど、嬉しかった。
昔の自分の周りの人間は無関心な人ばかりだったから。
自分が何処で何をしようと関係ない。学校で何があっても関係ない。家でどんなことをしても関係ない。まるで自分はココに居ないかのようだった。存在していないかのようだった。その世界から出たくて、抜け出したくて、願った。

どこか、ココじゃないどこかに行きたい。始めてそう強く願った数ヶ月後に願いは叶った。

漫画みたいに事故った後目覚めれば知らない場所でした。なら良かったのに、普通に寝て起きたら知らない場所だった。前触れがなさすぎて混乱もした。誰も知らない、わからない場所に来たと分かったとき、願いが叶ったのだと、嬉しくなった。けど、悲しくもなった。あぁ。本当の独りになったんだな、って。
そう思うと涙が出ていた。箍が崩れたかのように何故か涙が止まらなかった。関係なかったわけじゃなかったんだって。何も無いように見えて其処に確実に何かの関係はあったんだって。

唯一の繋がりが消えた。血だけで、戸籍だけで、遺伝子だけで、DNAだけでのつながりだったけど、それでも唯一自分達を繋ぐものだったのに。


「ねぇ、君はこんなところで何してるの?」


繋がりも世界も何もかも失って泣いてた自分に千歳は声をかけてきた。嗚咽だけが響いてた何も無い空間で泣いてた自分に。声も出せないまま黙ってると、隣座るわねって断って座った。何も聞かなかった。何も言わなかった。ただ隣に座っただけだった。千歳が来てから止まらなかったはずの涙が止まっていた。人前でなんて泣けないって無理矢理止めたのかもしれない。感覚が分らなかったけど、たった数分とも1時間くらいにも思えたてから、ポツリ、と零した。


「つ、繋がりが…切れてしまったら、どうすればいいと、思う?」
「そんなの簡単よ」


凄く悩んで聞いたことなのに簡単よ、なんて即答された。なんだ。もう少し悩む仕草を嘘でもするべきじゃないのか、そこは。


「切れてしまったなら繋ぎなおせばいいのよ。形あるものいつか壊れ行く、なんて誰が言い始めたのか知らないけど目に見えない物だっていつかは壊れていくのよ。どんなものにだって始まりも終わりもあるものなの。生まれて、生きて、死んでいく。作られて、壊れて、忘れられていく。どんなものだってそれに変わりは無いのよ」

このとき、千歳は笑っていたようにも泣いていたようにも思える。


「でも、きっと人と人のつながりは君が思っているほど軟なものじゃないわ。誰だって、親から掛替えの無い大切なものを2つももらって生きているのよ。それは何があったって捨てれるものじゃない」


そういって自分の頭をぽんぽんと撫でた。止まっていた涙がまた出てきた。子供のようで恥ずかしい。


“その躯と名前がある限り繋がりなんて切れないのよ”




「…何、泣いてるのよ」
「……別に」


千歳に言われて頬に触れると濡れていた。上を向いていたから頬を伝わずに耳へと向かっていたそれを乱暴に拭った。


「…別に、なにもないけど…、ただ……」
「ただ?」
「昔も今もつながりに縋っていたんだ」




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