あの牧にはやられた。牧はアレほどまでに自分を見ていただろうか。いつ、から…。




これだから、お前を俺の傍にずっと置いておきたくなるんだ。と。そう少し苦しそうに呟いた牧。あの苦しそうな表情をさせたのは自分だ。皆が練習に戻った体育館のステージで一人考えた。思考はぐるぐると回る。巡り巡ってスタート地点へと戻っていく。ゴールにはたどり着きはしない。いつもどこかであんなことを考えさせていたのだと。

でも、いつからそんな感情を募らせていた?何時も一緒に居たわけじゃないから分からない。二年前に1年にも満たない間クラスメイトだっただけだ。バスケ部のマネージャーになったのは去年からだ。彼の想いを知ったのはこの秋だ。その想いもいつからだった?


ピーッ!と笛が鳴る。誰かがファールでもしたのか、ボールがコートから出たのか。皆の動きが少し止まった。そんな光景をただステージから見ているだけの自分。マネージャーらしきことなんてしていない。所属しているだけ、やくたたず。
あぁ、まただ。
また。自分は部外者だ。前に自分は部外者な気がするといったら一緒にバスケをしたら良いのよ。と言われた。確かに、出来ないわけでは無いけれど。この身体で、は。クラクラする。


「紗茅、紗茅」


千歳がひょっこりと自分の視界に顔を出した。少しだけ戻ったきがする。今度は何だろうか。


「どうした、千歳」
「また眉間に皺寄ってるわよ」
「ん?そうか…。」


つん、と千歳が自分の眉間をつつく。千歳の指は少し冷たくて気持ちよかった。自分があつくなっていたのかもだが、どっちでもいい。冷たく感じれたことに変わりはない。


「あんまり考え込んでると、要らない心配を余計させるわよ。」
「分かってるんだけどな…。」
「悩みすぎるのは紗茅の悪い癖だわ」
「いつもじゃないだろ」
「それでもよ。曲でも聴いて落ち着いたら?」


いつの間に持ってきていたのか、千歳は自分の鞄からプレイヤーとヘッドフォンを取り出した。ソレを受け取り、ヘッドホンをつけていつものように曲を流した。渡した千歳は、じゃぁねと言って戻っていった。付けたヘッドホンから流れてくるのは“むこう”の曲。プレイヤーに入れてずっと聞いてたレベルには好きな曲。“こっち”ではテレビやラジオから流れてくることなど無い曲。もう、コレ以外では聞くことが出来ないであろう曲。そう思うと、自分の中に何が居るのかを思い知らされた。

自分はまだ“むこう”に縛られているのだ。

思うと、急に鼻の奥が痛くなった。何も聞きたく無くなって両耳をヘッドホンごと両手で包んだ。聴こえていた曲が少し大きくなった。そのかわりに、ボールがはねる音も誰かが叫ぶ声も笛の音も聞こえなくなった。牧の触れた右頬に生暖かい感触を思い出して視界が滲んで揺れた。この世界から逃れるかのように、強く瞳を瞑った。涙は毀れて頬を伝った。もう、いやだ。かえりたい。


両頬から伝わる温もりが、自分の意識を呼び戻す。瞳を無理矢理開けば、牧の顔がすぐ目の前にあった。視界が埋まる。


「紗茅」


真っ直ぐな瞳が自分を捉えていた。どうして、牧はこうも自分を見ているのか。何の得があるのか、そんなこと考えたって本人にすらわかりはしないだろう。牧の想いを知っても分からない。“むこう”でもきっと分からない。何年生きたって見解が広がることなんてない。


「……、大丈、夫だ」
「大丈夫じゃないだろう。」


一体どれだけ他人に心配をかければすむのか…。自分の無力さを思い知る。もっと力が欲しい。一人で生き抜けるくらいの力がほしい。くやしい。悔しさも合わさってさらにぼろぼろと涙が落ちる。余計に心配をかけてしまうけど。


「作ってきてやるよ」
「楽しみにしている」


牧の両手を両手で包み返して笑ってやった。きっと下手くそで見てられないくらいの笑顔だっただろうが、何も聞かずに居てくれた。牧の分だけ、特別に別の物を作ってきてやろう。ついでにほかのメンバーの分も作ればいい。めんどくさいけれど。きっと、恋情なんかじゃなくて感謝の意を込めて作れば自分の首を絞めることにはならないはずだ。君へと示す、いつもの想いへの。
 





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