「まったり」という言葉には、停滞した雰囲気があると思う。「まっ」と「たり」。この音の組み合わせにはなんだか柔らかで落ち着いた印象があって、その場に流れる雰囲気を優しく穏やかに押し止めている気がするのだ。庭先の木から聞こえる蝉の声も、ずんぐりとした入道雲の先の真っ青な空も。ここでは、いつも同じ風景が流れている。それは私の好きな夏の風景だった。
「一服していかぬか」
そのがくぽさんの言葉で、私はここにいる。縁側でのんびりと景色を観察していると視界の端に映った茶色いお盆にがくぽさんに笑みを零す。
「ありがとうございます」
小さなお盆に乗った大きさの違う湯呑み。背の低い方を手に取って、予想より熱くなかったことに驚く。猫舌だって言ったの、だいぶ前のことだったのに覚えていてくれたんだろうか。隣を見ると背の高い湯呑みを持ったがくぽさんが庭を見つめていた。
「蝉の声も、もうだいぶ聞こえなくなったのう」
「そうですね。もう9月ですからね」
熱を孕んだ吹き抜ける風も、涼しげな風鈴の音も、まるであつらえたかのように馴染んだ光景だけれど、それでもやはり流れゆく時の流れには逆らえない。夏が終わる。去りかけのなんとも言えないもの寂しい感じが伝わってきた。今となっては盛りの時期のアイスの取り合いも夏バテした記憶も、とても愛おしいものに感じられる。けれど、それだけではないのだ。終わりゆく季節を惜しんだあとは、次にやってくる季節に備える。きっと、あと少ししたらこの庭では見事な紅葉が見られるだろう。お茶菓子は秋の食材を使ったものになるだろうか。その時のがくぽさんも、今と同じ優しい笑顔を浮かべているだろうと、なぜか確信できた。
明日も明後日も、ここにはいつもと同じようにがくぽさんが縁側に座ってお茶を飲んでいる。私はそう断言できて、そしてそれを強く望んでいる自分に気がつく。いつまでも変わらないなんてこの世の中ではほぼ不可能なことだとわかっているけれど、どうしてかがくぽさんにだけはそのままでいてほしいと思った。それは、一種の清涼剤のようにここにいる時間をかけがえのないものだと思っている自分がいるからだろうか。
「そういえば」
庭先から目を離さずにがくぽさんは言った。低い声がゆるやかに私の心に染み渡っていく。
「今日は、ミク殿の誕生日らしいな。おめでとう」
そうして、不意にこちらを向いた微笑み。心臓が跳ねるのがわかって、私は思わず視線を逸らしてしまう。やってからしまったと後悔してしまうのだけれど、がくぽさんは気にせず穏やかな笑顔を向け続けてくれていた。
湯呑みを持つ手に力を込める。心に染み込む優しい低音に答える言葉をたった一つしか思いつかない自分に苛立ちながら。早く答えなければ、変に思われてしまう。
「ありがとう、ございます」
声は少し、震えてしまった。情けないことに涙まで出て来そうになって、下を向くと強張る手に大きな手が重ねられる。
がくぽさんは今度は、再び前を向いていた。涼やかな顔に重なった手だけはじんわりと熱くて、目頭がツンとなる。
「今日、こうしてミク殿の隣に座れることを幸せに思う」
柔らかな声が心地好い風のように私の耳元を擽った。物的なプレゼントなどなくても、この言葉だけで私は生まれてきて良かったと幸福感を噛み締めるのだ。
がくぽさんと一緒に過ごすことができる、この生に感謝しよう。



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