「あ〜〜〜極楽極楽。やっぱこたつは日本の宝やねえ…」
 丸い頬をさらに丸くさせ台の上に顎を乗せる女と年越しを迎えるのは、今年で何度目になるだろうか。数えたことなんてないが、少なくとも今回が初めてではない。母親から無理矢理押し付けられ邪魔でしかない炬燵を求めて彼女がうちに入り浸るのも、それを当然と出迎える痒い自分自身の自覚も、そろそろ片手では足りない数になるはずだった。
 麗日お茶子との出会いは高校からだが、この曖昧な関係が今もってなお続くとは思っていなかったし、恐らく彼女も予想していなかっただろう。何がきっかけか、言葉を交わした覚えはないのだがいつの間にかこの距離感が当たり前になってしまっていたことに疑問を感じていない時点で答えは明らかだろう、と知らない声が囁いていた。
 それが幾回目かの今年の冬。
 お茶子は恐らく自分のことが好きだ。
 しかしそれがどういった類の好意なのか、いまいち判別はできずにいる中で、彼女は何も知らないかのように笑う。
「爆豪くん夜食とか食べる?おもち、残ってたよね」
 自分の冷蔵庫の中身まで把握しているお茶子は、答えも聞かずに立ち上がる。こんな時間に食うのかよデブ、といつもは返す憎まれ口が、どうしてか今夜は出てこなかった。ただ勝己はそっと、視界の端に飛び込んだショートパンツの下の生足から、無意識に目を逸らした。

「お待たせー。お茶子特製お雑煮のお通りだい」
 数十分後キッチンから戻ってきたお茶子が抱えているのは土鍋に入ったままのお雑煮で、その雑さが彼女らしく思わず笑ってしまう。見越して鍋敷きを用意してしまう自分も大概だと、この時ばかりは気付かない振りをした。
「爆豪くんおもちいくついる?私は3個にするけど」
「食い過ぎだろ…じゃあ3」
「うっ」
「あ?」
「…ごめん。5個しか煮てなかったから、2:3になるわ…」
「は?ざけんな。じゃあ手前2個にしろ」
「嫌やー!絶対3個食べる」
「んだその意地…3個とかイカれてんぞデブ。譲れや」
「嫌やぁー!だって私が作ったんやもん。3個の権利はこっちにあると思うわ」
「ざけんな。誰の金で買ったと思ってんだ」
「調理者に権利あるやろー。それに明日は私が買うから」
「…待て。手前明日もいんのか?」
「? そやけど。今日泊まるもん」
 何気ない会話の中で不意に飛び出した言葉にはたと手が止まる。言った張本人であるお茶子は、今更なこと聞くわーとでも言わんばかりにいそいそお雑煮をどんぶりに装っているが、待て待てとその手を止めたい衝動に駆られる。
 確かに、現在時刻はもうあと一時間もしないうちに今日ひいては今年が終わってしまう真夜中であり、うすうす予感はしていた。お茶子がこの家に泊まったことは何度もあったし、さらに言えば年越しを共に迎えるのももはや恒例行事と言っていい回数になっている。けれど、付き合ってもいない男の家に、今年が終わるというこんな時間に、あっけらかんと言ってのけるお茶子の態度が、どうしてだか勝己をひどく動揺させた。
 視界がぐらつくような錯覚さえして、お茶子がいよいよ怪訝そうにこちらに声を掛けてくるのにも無反応なまま、気が付けば閃いた白い手首を掴んでいた。…警鐘のような幻聴が、狭い聴覚に届く。
「いい加減にしろよ」
「爆豪…くん?どしたの」
 お茶子は戸惑いがちに瞳を揺らし、僅かに身じろぐ。あんなにも無防備なことを言っていたくせに、そんな顔をするのか。途端に血が上り、喉からは勝手に声が溢れ出ていた。
「手前何なんだよ。男の家にそう簡単に泊まるとか言ってんじゃねえ。どうなるか、わかってんだろ。それともその頭は本当にパーなのか」
「ちょっ…待って。だって泊まったことなんてこれまでにもあったやん。何で今日はそんなん言うん」
 困惑した声でお茶子が言う。その通りだ。どうして今日に限って許せないのか、自分でもわからない。だが、そうだ、無防備すぎるのだ。自分とお茶子は付き合っているわけでもなければ、そういう雰囲気になったこともない。完全にそういう対象から外れているのかとも思うが、向こうがどうあれ男側から狙われてしまえばヒーローであるとはいえ男女の力の差は歴然だ。それなのに、こんなにも危機感のない態度を見せつけられてしまえば、男としてのプライドは崩れてしまう。
 …『向こうがどうあれ』?ならば自分はどう思っているのだろう。
 『そういう対象から外れている』?それは、是なのだろうか。
 ならば彼女は、「あいつ」の前では違う態度を取るのか。
「ざけんな」
 温かい感触がして、気が付けばお茶子の唇を奪っていた。
 反射的に胸板を押す感覚があって、拒絶されていると感じたら止まることはできなくなり、そのまま思いのまま彼女の中を貪る。やがて息継ぎのため離れた先には、真っ赤になったお茶子の顔があり、そこで勝己はようやく、気付きたくなかった感情に辿り着く。
「…男を舐めんじゃねえよ」
 堪らなくなり目線を外して告げられたのはそれだけで、言ってからどっと後悔が押し寄せる。反射的とは言え何してんだ俺。けれど頭上から降ってきたのは、いつも通りの、彼女の声だった。
「わかっとるわ。それくらい」
 馬鹿にせんといて。むくれるお茶子の丸い頬が幻視され、ばっと顔を上げると彼女ははにかむように笑っていた。
「こんなん言うのも、するのも、爆豪くんだけやし。…これだけやったら、気付いてくれると思っとったんやけどなあ」
 もしかして爆豪くんって意外とにぶちんさん?なんておどけながら背中にふわり回される手の感触が遠い世界の感覚のようで、瞬きするとお茶子はにししと、悪戯が成功した子どものように笑う。
「も一度言うわ。今日、泊まってっていい?」
 細い腕が伸び、自分の首を抱く。お茶子の香りは甘く、酔いそうになる気持ちを抑えながら、勝己は最後に息を吐き出した。
 これだけやられては、さぞかしたっぷりのお返しをしてやらねば気が済まない。
「寝かすつもりはねえからな」
 お茶子を押し倒しながら言うと、耳元で一つ笑いが落ちた。それを合図に除夜の鐘が鳴り、おめでとうの言葉は甘い口内へ消えていった。



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