パンッという乾いた音が響いて、前を見た時にはカラ松の胸に穴が開いていた。
そのままスローモーションのように後ろ向きに倒れていく姿は想像よりもずっと滑稽で、知らず歯が鳴り始めるのを感じる。
おれはおれの手からしずかな煙を上げている黒い固い拳銃を見てその感触に怯え、次いで再び前を見ると地に倒れたカラ松はもう生きていなかった。
歯の音が合わず、漏れた息は白く濁って数秒その姿を名残惜しげに晒していく。
なんで息が白いんだっけ、ああ、冬だからだ。
現実逃避以外の何物でもない思考が過ぎり、じわりと涙が浮かび上がってくる。
にいさん、と、叫びたかったのだけど背後から大きな手がおれの口を塞いだので吐き出されることなく口内に消えていった。
「よくやったなあ、いちまつ」
にたりと音がしそうなほどの笑いを浮かべているおそ松兄さんが後ろに立っている。喉が震え、喉仏が意味もなく上下した。
「念仏でも唱えてやってよ、ほらなんだっけ、ナンマイダってやつ」
こいつさあ、すごく優しいから。間違いなく天国に行けるようにさ、自分が死んだってこと理解させてあげて。
そうつぶやく声はあまりにもいつも通りのおそ松兄さんで、おれは現実を受け止め切れず霞み始める脳の片隅で思うのだ。
狂ってやがる。
おれが言えた義理はこれっぽっちもないのだけど、それにしたってこいつは行き過ぎている。
だってさあ、返事がないのに震えて声の出ないおれに気付いてちょっと恥ずかしそうに笑って、そのままべろりとおれの耳を舐めるのだ。
「いちまつも優しいからさ、カラ松に同情してるのかもしれないけど、それは無駄だよ」
だっておまえが殺したんじゃん。
声が直接耳朶をうつと同時に握っている拳銃のぞっとするほどの重さが甦り、思わず離そうとすると伸びた手がおれの手を包んだ。
だいじょうぶだよ、と毒のようにあまい声が続く。
「おれさあ、ずっと夢だったんだよね。おまえをこうして抱き締めるの」
おれからしたら背後から羽交い締めにされてるとしか思えないが、耳元で響く声は乙女のようにうっとりとしていて気持ち悪かった。
おそ松兄さんは独裁者が得意気に演説でもしているかのようにうきうき言葉を紡ぐ。
嬉しそうで、きっと目の前で倒れているカラ松に慈愛のこもった視線を向けているのだろう。
こいつはやっぱりおかしい。
「おれね、世界におれとおまえだけならいいのにってたまに思うの。素敵じゃね?おれはおまえしか見ないし、おまえはおれしか見えないわけ。そのためだったらさ、カラ松も、チョロ松も、十四松もトド松もいらないって思ってたんだよ」
爛々とした声がこの場を支配する。おそ松兄さんは通常通りの声で、口調で、そんなことを言う。いらないなんて。おれたち兄弟だろ。六人で一つだろ。そんな悲しいこと言うなよ、と零れてしまいそうになった涙を兄さんの無骨な指が拭った。労るような手つきに、おれは心の底から怯える。
「おまえとカラ松はやっぱり似てるよ。いつだって周りの奴のこと想ってて、すげー優しいんだよな。だからちゃんと言うこと聞いてくれるか心配だったけどさ、おにいちゃんほっとしたよ」
おそ松兄さんの指が力の抜けたおれの手から拳銃をそっと抜き取り、固いそれをどこかへと放り投げた。
ごつんとどこかで何かがぶつかった音が轟き、大切なものをなくしたような虚無感がおれの背筋を駆け抜ける。おそ松兄さんはただただおれを抱き締めては、とても嬉しそうにつぶやくのである。
「えらいなあ、ちゃんと殺せて。おまえは自慢の弟だよ、いちまつ」
おれたち五人をいつも引っ張っていく、頼もしくて時に危なっかしくて太陽のようなおそ松兄さんはここにはいない。
だけど優しい優しいその声は紛れもなくおそ松兄さんのもので、おれは、身体から力が抜けていくのを感じた。
おれたちを甘やかす甘美な毒はゆっくりと身体中を巡り、やがてはすべてを犯していく。
そうして気が付く頃には、この身はおそ松兄さんなしではいられなくなってしまうのだ。
ああ、おかしいのはおれも同じだ。きっと、おそ松兄さんに必要とされればおれはトド松も十四松も殺すのだろう。
吐き気がするほどおぞましくて、手は震え、小便をちびりそうになりながらも、この優しい声一つで兄弟を手に掛け続けるのだ。
だって、泣きながら、正面から立ちのぼる血の匂いに酔いそうになって、すべてを振り払って駆け出したくなっても、不思議だよな。

おれは笑っているのだから。

おそ松兄さんが狂っているなら、おれだってお揃いでいなきゃいけないんだろう。だって六つ子なんだから。六分の一でひとつの人間になるんだから、違ってちゃいけないのだ。そんなの、うまれた時から決まっていることだったのにな。
キスしよいちまつとねだる声が聞こえて、痛いほど顎を引っ張られて、それでも素直に首を動かして、おれとおんなじ顔がちょっと赤くなって瞳がぎらぎらしてるのを認めて、おれは。
なあ、どんな顔をしてたと思う?
重ねられた唇は存外やわらかくて、死んでもいいかもと場違いにロマンチックなことを思った。



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