ねえ、どうして一松くんはトト子が好きなの?
唇を離したあと、彼女がひどく純粋な瞳で聞くものだから一松はおもわず手を引っ込めてしまう。
温もりを失った右手が冷気に当たり、痛い。眼前の彼女は不思議そうに首を傾げている。
手を離さないで。そんな風に訴えているように見えた。
わからない。女心と秋の空と言うけれど、決して浅くない付き合いを持ってしても一松には彼女の考えていることが何時まで経ってもちっとも読めやしないのだ。
トド松なら、わかるだろうか。あんなんでも一応長兄なおそ松でも、あるいは。
けれど自分は誰でもない。六つ子の四男、一松だ。
そして考えたのは彼女の問いの根本に帰結する。
とりあえず、うずうずと強請るような視線に負けて離した手を再び彼女の腕に戻す。
満足そうに目を細めた彼女はまるで猫のようだった。
「トト子ちゃんだから」
「なあに、それ」
抑えるように発した答えは彼女の納得いくものではなかったらしい。
やにわに不満そうな表情に変わる可愛らしい顔は彼女の長所だけれど、一松にとってはすこし変わり身が早すぎる。
「じゃあ、どうしてトト子ちゃんは俺が好きなの」
好きなの?言っていて一松は自分で疑問だった。自分なんかをこの美しい少女が果たして本当に愛してくれているのだろうか。
繋ぐ手を許してくれる。抱き締めれば背中に手を回してくれる。笑いかけてくれる。
だけれど彼女の本当の気持ちは、やっぱり一松にはわからない。
「一松くんだからよ」
「なに、それ」
やがて彼女の紡いだ言葉に一松は眉根を寄せた。答えになってない。見かねたように彼女はあのね、と一松の瞳をじっと見つめる。
「おそ松くんは遊んでばっかりいるようだけどきちんと状況を見てる。
カラ松くんは虚勢を張ってしまうけれどとても熱くて優しい心を持ってる。
チョロ松くんは心配症だけれどちゃんと否を唱えられる自分自身を持ってるわ。
十四松くんは何より家族の平和を祈って、守ってる。
トド松くんは場の空気を読んで上手に調整したりアドバイスをするのがとても上手だわ。
そして一松くんは誰よりも他者を見てる」
とん、と左胸に触れた細い指の感触にたじろぐ。退いた距離を詰めるように近付いた茶の瞳から逸らすことができず、固まったように息を吐く一松に構わず、彼女はにこりと笑った。
「猫が好きで、無気力で、一番兄弟のことを慮って、いつだって周りを見て慎重に行動してる。どこが好きとかじゃないの。六つ子の誰だからいいとかじゃないの。トト子は一松くんだから好きなの」
理由なんてないのよ。だって一松くんは一松くんなんだもの。
微笑む彼女の心中はやっぱり一松には読めなかった。わからない。わからない。異質で得体の知れない、幼馴染みの女の子。
それでもやっぱり一松は、トト子のことが好きなのだ。
「俺も同じ」
反射的に声を出すと、トト子は少し驚いたように顔を上げた。
揺れる長い睫毛も、桜色の唇も、柔らかい茶色の髪の毛も、全てが別世界のもののようで恐ろしかった。
触れると壊してしまうのではと、ゴミのような自分では汚してしまうのではと、怯えたことは数え切れないほどある。
それでも離れられないのは、求めてしまうのは、
「褒められるとちょっと困ったように笑う。実家のことをいつだって真剣に考えてる。時々、失敗したらオロオロしてどうしようか一生懸命考えてる。結構本番に強くて言う時は言う。見えないところで努力してる。そんなトト子ちゃんだから、好き」
兄弟は全員、彼女に心惹かれている。直接的にしろ間接的にしろ、アプローチだってしてる松もいるだろう。だけれど誰にも渡さない。自分が一番、この少女のことを好きなのだ。世界で一番彼女を愛しているのは、この自分なのだ。
注がれる視線にトト子はしばし呆然としていると、不意に眩しいほどの笑顔を浮かべた。
「なんだ、両想いだったのね」
当然よね。トト子が一番、一松くんのことが好きなんだもの。
そう言って背に回される手がひどく温かく、心地よく、一松はそっと息を吐く。
震えたそれは彼女の耳に届いただろうか。情けない心音の煩さを看破してしまうだろうか。
それでもいい。一松はそっとトト子の細い腰を引き寄せると、彼女の肩口に顔を埋める。
「俺だけ、見てて」
ぼくらのヒロイン。綺麗で、可愛くて、勝気で、お姫様のような女の子。
手にしたのは紛れもなく、一松の大切な恋人だった。
「当たり前だわ」
トト子は笑う。夏の日差しのようなその声を合図にしたように、遠い空で一番星がきらりと瞬いた。



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