「…痛みますか?」
静かに、だがどこまでも澄んで届く声に視線を戻すと、眼鏡の奥の瞳が心配そうに僅かに細められ、色の白い指先が己の包帯をそっと撫でていた。
女の子を不安な気持ちにさせてしまったことに内心忸怩たる思いを抱きながらもその指先を己のそれで包み「杏里ちゃんがいてくれるんだ、痛みなんて感じないさ」と答えると彼女は指と同じく白い頬を赤く染めながらも、困ったような笑みを浮かべて心配そうな態度を崩さない。
得難い女を得たものだと思う。優しく、簡単に切り裂いてしまえそうな心を持っていながらも、彼女はどこまでも前を見て進むのだ。嫋やかでありながら、その芯は強い。今まで千景の周りにはいなかったタイプだ。
女の子は強くて弱い。それが千景がこれまでの人生で見てきたたくさんの女の姿から出した結論だった。実際、歴代の彼女や友人の女の子たちは皆そのバランスは違えどどこまでも突き抜けたように逞しい一面と、触れれば直ぐに崩れてしまいそうなほど繊細な一面を併せ持っていたと感じている。しかし、眼前の少女の場合はそれが非常に特異なバランスで成り立っているのだ。些細なことでは崩せないような浮世離れした雰囲気を持ちながらも、声音や態度はどこまでも可憐で優しい。守られるばかりの典型的な「女の子」かと思えば、その内面には千景を圧倒するほどの強さを秘めている。それでいて弱いのに突き進む無鉄砲さ、強さを前には出さない奥ゆかしさの両方を感じさせる。思わず目が離せないような、そんな少女だった。
千景は杏里の指先を自分の手で包んだままそっと唇を落とす。僅かに息が漏れたのが空気の振動で伝わった。親指、人差し指。ひとつひとつの爪に口付け、最後に柔らかな手のひらにキスをすると彼女の頬の赤みは増しており、恥ずかしがるように眉間に皺を寄せながらも逃げる気はないのか、その手に力は入らない。
千景はくっと笑うとソファーに横になっていた自分を覗き込むように腰を曲げていた杏里の背中に片手を掛け、一瞬でその身体を引き込む。視界が反転し、ソファーに背中を付けているのは小柄な少女に早変わりする。
小さな両手に己の両手を絡ませ、目を見開いている彼女に顔を近付ける。「千景さん、」と微かに漏れた声は相も変わらず澄んでいた。
「ねえ、薬になってくれないか。杏里ちゃん」
傷口が痛まないように。軟膏の代わりにその手で触れて、熱で己を温めてくれ。
顔は赤いままだったが、杏里は逃げなかった。見上げる大きな瞳の色は、穏やかに凪いでいる。それを肯定の印と受け取り、まずは林檎のような頬に口付けた。ちゅ、と音を立てて少しずつ位置を変えていくと手触りの良い肌がひとつ震える。千景の胸の下で大きな乳房が潰れているのを感じ、体重を掛けないよう両肘を彼女の頭の両端に付く。尚近くなった顔に杏里は恥ずかしげに声を紡ぐ。愛おしさが込み上げ、千景は唇を離した。
「君が俺の癒しになる」
吐き慣れた睦言は彼女だけのために。杏里は驚いたように瞬きをした。その次の反応を閉じ込めるように、形の良い唇を己のそれで塞ぐ。熱く柔らかい感触に千景はどこまでも癒された。



Thanks:へそ



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