ヒーローとは人々の前に立ってあらゆる災難や被害から救い、その畏敬の視線を一身に浴びる存在である。人を救けるのであるから困った人を救いたいという曇りのない奉仕の精神と強大な力と名誉を決して私欲には使わない確固たる意志が求められる。ベクトルは違うが、人々の規範となるという点においては教師や政治家と通じるところがあるかもしれない。
いつかデクが物知り顔でそんなことを語っていたから大層苛付いたものだが、俺はそんな奉仕精神の塊みたいなヒーローにはなれないと自分で理解している。大体この個性の溢れる時代に英雄像なんて千差万別であり、「こうあるべきだ」なんて理想の押し付けはうざったいものでしかない。理想像は結局理想像だ。俺は俺らしい、俺にしかなれないヒーローになる。
しかし、これもただの言い訳でしかない。わかっている。常に人々の平和を思い、歩みを止めず救い続けるヒーロー。そう、あのオールマイトのように。俺がそんなヒーローになれないのは、一つに理由があるのだ。
雄英高校1年A組。15歳。
俺は、健全な男子高生なのである。

「麗日」
呼び掛けに金色の後ろ姿は無反応だった。下に向けて広がったふんわりしたラインの髪がリズムに合わせて左右に揺れる姿はちょっと新種のキノコか何かに似ている。時折、「ぎゃっ」とか「やった」とか聞こえるところを見るに、集中のあまり聞こえていないのだろう。俺は肩越しに麗日の手の中を覗き込んだ。
スマホに表示されているのはリズムゲーらしい。ロックっぽい音楽に合わせて上から下に流れてくる音符が画面内の○マークに到達した瞬間にタップするという簡単なもので、デクから勧められたというそれを麗日は先程から真剣にやっている。あいつから勧められたものというところも癪に障るのだが、もうかれこれ30分以上はスマホに熱中していて俺のことは意識の外のようだ。それが気に食わなくて、俺は斜め前で頭に合わせて動く肩を掴み、再度大きめの声を上げた。
「おい、麗日」
そこまでしてやればようやく気付いたらしい。引き寄せた肩に比例して近くなった瞳とばっちり目が合い、ようやく向いたかと息を吐くと麗日は跳ねるように顔を赤くし後方へと転がった。
「あいたた!」
「お前何してんだよ…」
ゴン、といい音がして、ぶつけた頭を摩りながら起き上がる麗日に呆れて呟く。いやあ、と恥ずかしげに俯く麗日はどこか様子がおかしかった。
「ゲームばっかやってんなよ」
放っとかれた不満を眉間の皺で表現しながら言うと時計を見やり、「あれ、もうこんな時間!?」と今更のように驚く。ごめんね、と両手を合わせて申し訳なさそうに言う麗日に俺は再び溜息を吐いた。
「そんなに面白いのか?それ」
「うん、めちゃめちゃ面白いよ!キャラクターがかわいいんだ」
にへりと笑う麗日に釣られて未だに手中にあった彼女のスマホを見る。俺が中断させたせいでCとの判定が出ていた。近くで見ようと麗日の手を引き、さらに覗き込もうとすると瞬間、再びその身体がびくりと跳ねた。
「……おい」
スマホから麗日の顔に視線を向けるとやっぱりその頬は真っ赤に染まっていて、俺は訝しんだ。何か変だ。目線は泳いでいるし、掴んだ手首の硬直も激しい。そのまま麗日の手をもっとこちらに近付けるともう片方の拳が慌てたように俺の身体を押す。覗き込もうとするのを阻止するように顔を伏せ、こちらと目を合わせようとしない。何なんだ。
明らかにおかしい麗日の様子に単刀直入に聞いた。
「どうしたんだよ」
「な、何でもないよ」
「顔赤いだろうが。熱でもあんのか?」
ぐい、と引き寄せてその額に俺の額を近付ける。頓狂な声が聞こえたと思ったら身体が宙に浮いていた。
麗日の個性だ。ぐるりと目を動かし下を見ると慌てたように両手の肉球を合わせ解除している麗日が見えた。瞬間、背中に感じる痛み。
「ぐふっ」
「ご、ごめん!」
奇しくも先程の麗日と同じようにぶつけた背中を摩りながら起き上がるとしまったと言いたげな彼女がこちらを見ていた。その反応から察するに今の行動は無意識のものらしい。
「…お前なあ、マジで何なんだよ。変だぞ」
はっきり言ってやると麗日は唇を噛み締め、制服のスカートを握った。またはぐらかすのかと思ったが、今しがた俺に個性を発動した負い目があるのか、ぽつりと小さく呟く。
「…恥ずかしいん、だ」
は?見やると麗日は顔を背けた。
「爆豪くん、いちいち近いし。照れる」
端的に言われた言葉が理解できず俺は首を傾げた。
近いって。距離感云々については個人の感覚だからわからないが、付き合っているわけだし、これ以上近い距離で、まあ言ってしまえばキスだって何回かしている。今更何を恥ずかしがることがあるのか。しかし麗日の反応は心底からのようで、これが乙女心ってやつなのかもしれないと無理矢理結論付けた。
ごめん、と囁く麗日の顔の赤みはまだ引いていない。告白したことで余計に恥ずかしいのかもしれない。だが。俺は思う。そういうの、火付いちまうんだけど。
「恥ずかしいって、何でだ?」
わざと理解していない言葉を返すと上がった顔を追い詰めるように、俺は手を伸ばし、鼻先が触れ合うまでに身体を寄せた。ぎゅっと口を引き結び、条件反射のように腰を引く麗日を徐々に追い詰めていく。離れれば寄り、また離れたら寄り。残念だったな、その先は壁だ。
「っ、」
後頭部を支える壁の存在を認識したのか、麗日は必死な様子で両手を俺の両腕に触れようとしてくる。先程と同じことだ。寸ででその手を掴み、行動を規制するとその身体が震えた。顔のみならず耳や首元までをどこまで赤くなるのかという程に真っ赤に染めた麗日はまるで狩られる寸前の仔兎のようで、背筋にゾクリと何かが走った。
「ば、爆豪くん、どいて、」
腕が使えない麗日は身を捻ってどうにか脱出しようと躍起になる。しかし無駄な抵抗だ。男女間の力の違いもあるが、元々俺と麗日じゃ身体能力に差がある。それでも抵抗を止めない彼女に俺は囁いた。
「背中、痛ぇんだけど」
その途端、動きが止まる。優しい彼女は、やはり先程のことに責任を感じているようだ。下がる眉に俺は我知らず笑った。わかりやすい。
麗日は相変わらず俯いたまま。赤いままの頬で、硬直する両手。抵抗のなくなった瞬間を突いて、俺は麗日に唇に自分のそれを重ねた。
驚いたように飲み込まれる息の隙間を追って距離を更に詰める。次いで何かを言おうとしたのか、吐き出される息を封じ込めるように舌を入れた。触れた中は温かく、ぬるりと動く舌の感触に反応する麗日の態度が愛しい。
「や、っ、」
僅かに空いた間から小さな吐息が漏れた。それさえ飲み込むように麗日の小さな唇を蹂躙する。甘く痺れる脳の片隅で、ああ、この体勢じゃ押し倒せない、とぼんやり考えた。
しばらくキスを続けていると麗日の硬直が解れ、俺に身を預けるようになってきた。その気になったのかと思ったら酸欠で意識が薄まっているらしい。唇を離すと麗日はぜーはーぜーはーと忙しなく深呼吸をした。
「や、やだって、言った、し…!」
激しい深呼吸の後、涙目が俺を睨んだ。やだって言ったか?大方俺がキスしている間にモゴモゴ言っていたのがそれなんだろう。しかし言葉として成立してないのでノーカンだ。にやりと笑うと、麗日はひたすら赤かったのが一転、僅かに蒼白になった。俺の次の行動を読んだのだろう。唇と同時に離していた手をまた翳してくるが、やっぱり制する。そのまま、先程と同じ。つまりは柔らかいそこに、噛み付くように口付けた。

ああ、やっぱり。
優しいだけのヒーローには、なれそうにない。



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