今日は誰とデートだっただろうか。
目覚めて最初に思い至ったのはそんなことであり、しかし次いで気付いたのが見知らぬ天井でギグルスはぱちくりと瞬きをした。
自分は昨夜、いつも通りに自室のベッドで眠った筈だ。この白すぎる壁と明るすぎる灯りには覚えがない。
起き上がろうとすると身体が軋んだ。不自然な苦しさに目線を動かすと首から下が太いベルトのようなもので拘束されている。そこでギグルスは、ああ、と納得した。
夜中に部屋に入られたことは初めてだったが。
「やあ、目が覚めたんだね」
爽やかな声と共に扉が開き、姿を見せたのは矢張り彼だった。水色の髪に長身、特徴的な黄色の耳飾りと言えば直ぐに絞られる。ギグルスは唯一動く首だけを持ち上げ答えた。
「どんな嬉しいことがあったらこうなるのかしら」
ランピーに監禁されるのは初めてのことではない。正面切って家まで訪ねてくる場合もあれば外を歩いている時に背後から車で迫ってきた彼に無理矢理引き摺り込まれたこともあった。その際無理な加速と馬鹿力により右腕をもぎ取られた感覚を思い出すと未だに眩暈がするものだ。目を閉じ、厭な記憶を消そうとするギグルスにランピーはにこりと笑い掛けた。
「会いたくなって、招待しちゃった」
深夜に少女の部屋に押し入った挙句拘束しておきながら乙女のような顔で笑う。彼は元々こういう人間なのでもう慣れてはいるが、とりあえずベルトを解いてもらわないと色々と苦しい。
解放を訴えるギグルスにランピーは「解いても逃げない?」 と首を傾げる。当たり前だ。逃げたとしても180を越す身長を持つ彼とは歩幅が違いすぎるためすぐに追いつかれて終わりだろうし、ここが何処かはまだはっきりしないが恐らく彼の自室か職場だろう。地理的にも明らかに向こうが優勢な状態で逃げても何の成果にも繋がらないことをギグルスはよく分かっていた。それに、この世界ではどんな行動が死に繋がるか分かったものではない。無駄な抵抗をして死亡フラグを乱立させることも避けたかった。
「大丈夫よ。だから解いて」
溜息を吐きながら言うとランピーは頷き、ベルトを解き始めた。解放されたギグルスは上半身を起こし、周囲を見渡す。
「で、ここはどこなの?私、今日はラッセルとデートの約束をしていたんだけど」
「俺の仕事場。ギグルスも一度来たことあるだろう?君の家からそんなに離れていないから間に合うと思うよ」
ランピーは嬉しそうに微笑む。何がそんなに嬉しいのかは分からないが場所が判明すれば問題はないだろう、とギグルスは考えた。現在は精神科医を勤めている彼の治療室のようだ。精神科なのにどうして外科のオペ室のような治療室があるのかはわからないが。
ギグルスはランピーに抱き起こされ椅子に座らされた。先程まで寝ていたのは手術台だったらしい。回転式の椅子に座らされたギグルスの足元に跪き、その白い手を持って「ところで」とランピーは言った。
「ギグルスって寝るときネグリジェ派だったんだっけ。よく似合っていたね」
はっと自分の身体を見ると病院服のようなものに着替えされられている。スプレンディドから贈られたネグリジェは恐らく細切れに切り裂かれたのだろう。あれ気に入ってたのにな、とぼんやり思う。
「昨日のデートは楽しかった?」
指先に触れていたランピーの大きくがっしりとした手が少しずつ上に移動していく。なぞられているような動きが気持ち悪く、身じろぎをするギグルスの元へランピーは腰を上げ近付く。
「セックスは何回した?フリッピーはああ見えて絶倫だったりするのかな」
水色の瞳が綺麗なまでの弧を描いている。近付き続ける顔にギグルスは眉を顰めた。
「知ってる癖に」
吐き捨てるように呟くとランピーはそうだね、と静かに笑う。
「でも、ギグルスの口から聞きたいんだよ」
唇が迫り、ギグルスの薄紅色の唇に噛み付いた。鋭く小さな痛みが走り、こんな顔じゃラッセルに会えないわと内心独り言つ。
伝う血を舐め取り、そのままの体勢で彼は囁いた。
「ねえ、答えて」
きっと答えなければ解放してくれないのだろう。非常に残念なことに彼の扱い方は覚えてしまった。僅かに身を引きつつ、ギグルスは答えを提示する。
「0回」
「え?」
「フリッピーはね、紳士なのよ」
真実である。空いた距離で再び見えるようになったランピーの顔は、最初はぽかんとしていたが次の瞬間にはいつもの笑みになった。
「じゃあ、不満だよね?俺が慰めてあげる」
大きな手がギグルスの頬を包む。唇が再び彼女のそれに重なろうとしたとき、ギグルスは右足を大きく振り上げた。ブーツの爪先がランピーの股間にクリーンヒットし、何かの鳴き声のような声を上げて彼は蹲る。
「そんな時間はないのよ」
時計をちらりと見ると待ち合わせ時間の30分ほど前だった。今から着替えてメイクをする時間を考えると、あまり余裕はない。ギグルスは足元に完成した奇妙な物体を置いて扉へ向かった。ドアが閉まる寸前、思い出したように顔だけを覗かせて彼女は言う。
「後でネグリジェの弁償してね」
パタン、と軽い音が響いたきり、室内は静寂に包まれる。蹲った体勢から頭だけを動かし顎を床に付け、ランピーは呟いた。
「もうちょっとだったんだけどなあ」
まあいい。チャンスはいくらでもあるのだ。肌理細かく滑らかだった肌の感触を思い出しながら、ランピーは静かに目を閉じた。


Thanks:いたみ



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -