平日である。学校に行っている妹が少し早く帰ってきたのかと思いきや、こちらの問いに答えた声は久々の感覚のあるものだった。
「久しぶり、兄さん」
立ち話も何だしということで部屋に招き入れた弟は開口一番そう言った。懐かしむ言葉とは反しあまり変化しない表情は記憶の中にある彼の印象そのままで、静雄は苦笑する。
「ああ、正月以来か?」
幽はこっくりと頷いた。
「うん。それくらいになるね」
決して兄弟仲が悪いわけではないが、互いに成人し働いている身としては、この頃は頻繁に会うことはできなくなっている。そんな中、肉親がわざわざ訪ねてきてくれるというのは気恥ずかしさの中に妙な嬉しさがあった。況してや、今日は特別な日である。幽が訪ねてきた理由も静雄には何となく察しがついていた。
「ところで、兄さん」
不意に、幽が右手を動かした。その手に持ったレジ袋を揺らしながら、相変わらず変わらない表情で言う。
「部屋の飾り付けをさせてもらってもいいかな」
静雄は首肯し、立ち上がった。

10月31日。本日は彼らのたった一人の妹であるところの杏里の誕生日だ。妹とは言っても、彼女は養子であり血の繋がりはないのだが、男兄弟にある日できた妹という存在は特別なものである。彼らの両親の意向も相俟って、全員が同じ家で暮らしていた頃からその誕生日はできる限りしっかり祝おうという約束事が出来ていた。そして、今年は当の主役と長男が同じ部屋に引っ越して暮らしているため、次男である幽が訪ねてきたというわけだ。幽によると、両親は仕事の都合で今日はどうしても来られないらしい。預かってきたというメッセージカードを見ながら、これを見たら杏里はきっと喜ぶだろうと頬を緩める。
それから静雄は壁に視線を向け直した。幽の買ってきた飾り付けのグッズを利用しながら、「お誕生日おめでとう」とカラフルな色合いで描かれた弾幕を貼っていく。件の日はハロウィンということで、オレンジや紫といったそれらしい色合いの色紙や、可愛らしいお化けのキャラクターの飾りなども幽は買ってきていた。それらを自分と同じように貼り剥がしのできるテープで貼っていく弟を横目に見つつ、静雄は時計を確かめる。杏里が帰ってくるだろう時間まで、あと一時間ほどだった。
大して広くもない部屋なので、飾り付けはさほど時間もかからず終了する。男二人の独断とセンスによるそれが若い少女である杏里の好みに合うかは未知数だが、こういうものは何よりも気持ちが大事だろう、と無理矢理自分を納得させた。
完成した飾り付けを眺めたあと隣にいる幽に視線を向ける。残った準備は、プレゼントである。自分はこっそりとセルティやヴァローナなどの女性の知り合いに相談して精一杯女の子の喜ぶであろうプレゼントを用意したのだが、幽はどんなものを選んだのだろうか。尋ねると、彼はちらりと天井に目線をやりながら答えた。
「僕も兄さんと同じような感じだと思うよ。杏里はブランド物が好きな性格ではないから、実用的で、高校生が持っていても支障ない程度に可愛らしいものにしたつもり」
飾り付け用グッズが入っていたレジ袋とは別の袋を取り出すと、入っていたものは細身の腕時計のようだった。可愛らしいが、しっかりとした作りでどことなく高級感のある品は、さすが華の芸能界に身を置く幽といったところだろうか。仕事柄贈り物にも慣れているであろう弟の姿に、収入面でも勝っていないと思われる自分のプレゼントは喜んでもらえるのだろうか、と若干劣等感を覚えるが、続く幽の言葉に視線を上げた。
「でも、これにはそんなに比重を置いているわけじゃないんだ。プレゼントというものは、贈る人の気持ちだと思うから。大切なのは何を贈ったかじゃなくてどれだけ相手のことを思う気持ちがあるかってことじゃないかな」
きっと杏里もそう考えると思う、と付け足す幽に全てを見透かされている気がして、静雄は苦笑いを浮かべる。聡い弟には敵わない。
気を取り直し、デコレーションの完了した室内を見渡した。真っ先に目に入るのは、ドアを開けてすぐ分かるようにと目立つ位置に貼った「お誕生日おめでとう」の弾幕である。そうだ。口角が自然に上がる。
祝う気持ちならば、誰にも、例え幽だろうと負けない自信がある。謙虚で遠慮がちで、不器用だが心根の温かいあの少女のことは、誰より自分が想っている。共に暮らした期間の長さは幽には敵わないかもしれないが、相手のことを知るのも、想うのも、時間の長さだけで図れるわけではないはすだ。
自らが選んだ手中のプレゼントに視線を向ける。これを渡した時、杏里はどんな表情をするのだろうか。恥ずかしそうに、控えめだが花のように笑うあの笑顔を想像し、それをたまらなく望む自分が何だかくすぐったかった。隣の幽を見る。微笑みながらこちらを見ている彼に静雄は頷いた。
杏里の帰宅予定時間まで、あと30分ほどである。







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Happy birthday 杏里!



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