静雄さんが酔っていると気付いたのは帰宅した静雄さんに声を掛けようとした矢先だった。口を開くより早く伸びてきた腕に抱き締められ、覆い被さる身体は心なしかいつもより熱い。そして耳元を擽る吐息にアルコールの匂いを感じ取り、私は顔を上げて彼の表情を確認しようとするけれど、がっちりと離れない身体に不安が脳裏を過った。もしや話せないほど泥酔しているのかも。無理矢理にでも引き離して確かめたくてしばらく格闘していると、不意に身体が離れ、見上げようとするとキスをされた。
ぬるり、と入り込んでくる温かい舌。その熱さに不安は募り、けれど役立たずのこの脳はこの状況に他のことを考える余裕を与えてはくれない。流されるまま重ねられる唇を必死になって受け止め、酸欠と恥ずかしさで視界が霞んでくるとゆっくりと背中を支えられながら押し倒される。頭が床に着くと唇は離れ、代わりのようにスカートの下の太股を大きな手で撫でられた。
びくりとした。普段、二人きりでいる時でも触られたことのない場所。しかも、離れた唇は私の首筋を辿り、首の付け根を吸う。ひあ、と変な声が出る。そんな反応を静雄さんはどう思ったのかはわからないけれど、硬直していると再び離れた口が私の耳元で声を発した。囁くような言葉。
「…足りない」
その声が、お酒が入っているからかとても低く、掠れていて、胸が締め付けられた。振りほどくことのできない響きを持ったその声に頬がどんどんと赤くなっていくのが自分でもわかる。半ば茫然としている間にも、静雄さんは行為を続けていく。
囁いた状態のまま、耳たぶを軽く噛みながら、太股を撫でる手を往復させる。恥ずかしくて、ぞわぞわと襲い来る不可解な感覚が少し怖くて、私は思わず静雄さんの腕を押しながら、拒絶の言葉を口にしていた。
「静雄さっ…も、やめてくださ…っ!」
ピタリと動きが止まる。私は我に返り、前言を撤回したくなった。傷つけてしまったかもしれない。だけどこういうことは、お互いが了承したタイミングで、もっと違う場所ですることじゃないだろうか。ぐるぐると思考していると、静雄さんはぼそりと呟いた。
「可愛い。杏里」
「へ、」
我ながら間抜けな声が出たと思う。普段言われたことのない、ストレートな言葉。見ると静雄さんはとても嬉しそうな、それでいてどこか焦燥気味の表情をしていた。残念ながらこれまでの人生でそういうことに関わることはほぼ皆無だったけれど、テレビや本などで見た知識が告げる。これはもしや、煽ってしまったということなのではないだろうか。
ふわりといきなり身体が宙に浮いた。静雄さんは素早く滑らかに私を横抱きに持ち上げ、悠々と歩いていく。向かう先にあるのは、そう、紛れもなく「寝室」であり。
何か言おうとする前に、重ねられた唇により否が応でも黙らせられた。じたばたと僅かばかりの抵抗を試みても、びくともしない静雄さんの腕に脳内では警鐘が勢いを強くしながら鳴り響いていく。
寝室のドアがいともあっさり蹴り破られ、そうして私は、声を出す隙もないままに力なく顔を蒼白にしたのだった。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -